診察日(2016年11月)②

f:id:fridayusao:20161127020027j:plain

診察へいく。あたしが良くなった、って言うと、どんな風に良くなったんだ、そしてそれはどんなきっかけで良くなったんだと先生は厳しい。あたしの言葉を先生は全く信用しない。

疑っているわけじゃない。弱音を吐いていいよと言ってるだけ。みっともない言葉を並べていい。悲しいときは悲しい。苦しいときは苦しい。嫌なことがあれば話せということ。

バカみたいだけど、あたしは今もクマのことで苦しんでいる。あの小さいみずぼらしいクマのぬいぐるみのことを忘れることができない。わたしはクマを裏切った。クマを殺したよ。あたしが居なくなりさえすればいいとか別に誰かに言われたわけじゃない。誰かに言われたらあたしは言い返す。あんたに何がわかるんだよ。上手くいかない。怖い。失敗ばっかりだ。もう過ぎてしまったこと。許してほしいとは思ってない。許されることだとは考えてない。ばかみたい。ぬいぐるみでしょ?

でもあたし勘違いしてるよね。そりゃあたしは死ねば楽になるけれど、あたししか知らないことたくさんあるって思うよ。彼がどんなに勇敢で彼がどんなに優しくて彼が居てくれれば彼がここにいてくれたらそれだけでよかった。そんなこときっとあたししか知らない。

あたしは彼を殺した。お前ぬいぐるみ相手に何言ってんの頭おかしいって思うだろうけど。

じゃあなんでクマを調べてるの?危険な動物を側に置きたがった昔の人たちのいったい何を調べてるの?信じてるからだよね。本当は思ってるよね。わかってくれる人を求めてる。どこかにいるんじゃないかって期待してる。

それは違う。そんなことはまったく考えてない。悪いけどそんなことじゃない。

クマを調べてると気持ちが楽。ただの快楽。わけなんてない。馬鹿は死ななきゃ治らない。でも死んだらクマを調べられん。それだけ。

診察日(2016年11月)

https://www.instagram.com/p/BNN7gMQBc_K/

今日診察日。

沖縄から帰ってからというもの、どうにも不安定なわたしが入院することに夫は賛成だ。主治医はDID患者のわたしに向いている近隣の病院を探してくれた。入院はしたくないとわたしは譲らない。入院は家族のためでもあると主治医は言った。

もしも入院すればわたしは”入院治療は病状悪化の結果を生む”というデータを書くだけだからね。わたしは言い張る。いや闇雲に入院を嫌がっている訳ではない。病棟のアンモニア臭と響き渡る奇声。精神障害者と一つ屋根の下で暮らしたことのあるわたしはそういうこと知ってるよ。しかも入院代は公的補助の対象にはならない。入院は金が掛かるのだ。

入院が嫌なら何処かへ1人旅に出たらいい、入院も旅行も変わらない、入院する金があるなら何処かへ旅に出るのはどうだと言ったのは主治医だった。琵琶湖のほとり、閑散としたビジネスホテルで2、3日ぼんやり過ごすのはどう?主治医が言った。

診察終わりの待合でおそらくは幾つかの精神障害を重複して患っている若い男性が、夫に近づきながら奇声を発する。隣に座っていたわたしは恐怖でワッと立ち上がり待合をウロウロする。済みませんと謝る彼の母親に夫は動じることなくにこにこと微笑んだ。

なんだか切ない。夫はわたしの付き添いでこの病院に来るたび障害者に囲まれる。聞けば彼とは何度かこの待合で会っているらしい。奇声はいつもの挨拶だったのだ。

わたし入院も旅行もしない。家でお利口にしてるから大丈夫。わたしは夫に訴えた。出来る限りの穏やかな日本語で丁寧に言ってみた。

製パン王 キム・タック

https://www.instagram.com/p/BNILIk-hfu-/

キリル文字というのがある。ロシア語のあのケータイの顔文字みたいなやつである。ブルガリア語はキリル文字を用いてはいてもロシア語とは言語体系が異なっている。ブルガリア語を読む時はアルファベットに変換せねばならない。

ロマニー語というのがある。ジプシーの公用語のようなものである。(じっさいジプシーさんたちは隠語で会話をしているのであるが)。アルバニアでは近代になりロマニー語がキリル文字からアルファベットへ切り替えられた。ロマニー語は現在単語を増やしているという。これまでは無くても不自由しなかったものが日々の暮らしに加えられて呼び名を付けられてゆく。

リヒャルトの身辺を知りたくて、ドイツ語圏と熊を調べていたら段々ドイツ語圏のことを知りたくなくなっていた。熊と熊使いとを忌み嫌い、ジプシーたちを抹殺した文明社会が哀しくなってきた。そうなることは予想していたから、そうならないように気をつけていたけれどやっぱりね。

哀しくなった心を埋め合わせるために熊の動画を見まくる。男の人が熊と戯れている動画をひたすら見る。熊と戯れるには相当の体力が必要だ。もう無理〜ってなってる男の人を見てはそう思う。優しい表情で楽しそうに男の人をドつき回すこの熊は若いメス熊かもしれないな、なんて思う。

ここ数日食欲が失せていた。買い物に行ってないので冷蔵庫が空っぽだという現実もあるけれど干しイチヂクやピーナッツばかり食べていた。長女一家がご飯くれとやって来るというので片付けられないキッチンを散策。冷凍庫に結構多めの海老を発見した。海老あったの知らなかった〜。

f:id:fridayusao:20161125073929j:plain

次女と一緒に観ていた韓流ドラマだがわたしは早々とリタイアだ。パン焼きシーンが無さすぎたのだ。感情を激しくぶつけあうドラマの人々に心底疲れた。喧嘩はやめれ。誰でもいい。誰か我慢のお手本を見せてやらんか。

メルカリに登録したものの買うカリも売るカリもしないでいたら「是非ともいちど使うカリ」とメルカリから千ポイント貰えたのでメルカリ見るカリしていたが欲しいもの何も無いカリ。

ハーゲンベックの動物園とロシアのサーカス団を一旦書き上げよう、ジプシーの熊使いはその後だ、と自分に言い聞かせ、頑張ってハーゲンベック一族についての原稿を書き上げた。これでリヒャルトのマズルベアへとまた一歩近づいたよ。やれば出来るではないかとひとりリビングで鼻の穴を膨らませる。

なんとなし次女の隣で韓流ドラマを見た。子役はイケメン君に代わり、不幸な少女は共産主義活動で良心犯として刑務所に収監された。おやおやパン焼きどころではないよ。

イケメン君を恨んでいるもう1人のイケメン君が早朝発酵中のパン生地を全て棚から床に落として翌日のパン焼きを駄目にした。パン屋の親父が怒っている。悪いイケメン君は良いイケメン君に罪をなすりつけたが簡単に見破られ咎められる。(2人のイケメン君はパン屋のスタッフです、ええそうなんです)。

パン屋の親父は発酵中のパン生地を床に捨てた悪いイケメン君をじっと見る。パン屋の親父は悲しそうだ。そりゃそうだ、発酵中のパン生地を床に落とすなんて。お前はパン生地を殺した。パン屋の親父はぽつりつぶやく。

うっ。泣けるよこのシーン。にわかにうるうるするわたし。

お前の心には刃がある、お前にパンを焼く資格はない!パン屋の親父はめちゃ怒ってる。ねえパン〜、パン食べたい〜!次女がキレだした。

勝手に混ぜて発酵させといて、そいでポイと床に落として捨てるなんてほんと酷いよ。そう言うとそっかママそっち側の人間だったね、と次女が言った。わたしはキッチンへゆき熱々のククスを作った。オンマがククスをモゴシッポヨ。ククスってうどんのことです。

ハヤカワ文庫 レイモンド・チャンドラー「長いお別れ」清水俊二訳

https://www.instagram.com/p/BNF4zEwBcDG/

昨日は次女の運転で市民プールへ。流水プールで浮き輪でぷかぷかしたのちウォータースライダー。25メートルプールでなんとなくクロールをやってみた。結構泳げた。なんだわたし泳げる。周りを見回すとお年寄りばかり。デジャブ〜。沖縄ではなくて銭湯だった。

レイモンド・チャンドラーの「長いお別れ」という文庫本を教えてくれたのは高校時代の友人だった。今俺はこれを読んでいるんだ。わたしは当時少しでも彼と話を長続きさせたかった。本屋でこの分厚い文庫本を買ってこつこつと読んだ。

わたし今ねえ「長いお別れ」を読んでいるんだよ、とケロケロと話したのが彼とのお別れとなった。彼が亡くなって数十年。お話しのラストシーンでは大どんでん返し。彼は整形して顔を変え、メキシコ人として生きており、依頼人の振りをしてマーロウのオフィスへやってくるのだ。死んだはずだよテリー。

多重人格のわたしは時々見繕いの極端な相違から知人や友人から「あんた誰?」みたいな顔をされることがある。わたしは呼び名もそれ相応で多彩。亡くなった彼と、もしもう一度出会えた時に、果たして彼にわたしがわかるだろうか。そんな日はこの「長いお別れ」の筋書きを話してみようかなと思う。

https://www.instagram.com/p/BNF4Si-BFUW/

一昨日はもう一度同じ全粒粉入りのちぎりパンを焼いた。午後にはココナツスコーンを焼いた。ココナツスコーンは薄力粉カップ2、ベーキングパウダー小さじ2、そこに砂糖と塩を混ぜて、ココナツミルクパウダーをカップ1の水に溶かしたやつで生地をまとめた。卵もバターも無しのPBブレッドだった。

今日はこのココナツスコーンを一個と、キクラゲをパンチェッタで炒めたおかずで夕食を食べつつ次女と「製パン王 キム・タック」なる韓流ドラマを観た。

1965年のソウル。出産シーン。産まれた子は女の子。アイグアイグと嘆く姑。『観た人はみんな美味しいパンを食べたくなる!』とDVDケースの裏にあった。パン焼きのシーンはまだ無い。

家政婦に産ませた子どもと嫁の不倫の子どもはどちらも男の子だった。大変だ。赤ん坊と家政婦を嫁は殺そうとする。産まれたばかりの赤ん坊を布団にくるんで必死で汽車に飛び乗る家政婦。ねえパン、パンいつ出てくんの〜。次女が言った。

韓国で女の子が喜ばれないのは戦争のせいかもしれない。戸籍制度は兵役のためでもあった。わたしの時代でもそうだった。女の子が産まれても戸籍には載せない。戸籍に載せないから女には正式な名前は付けなくていいんだよと母たちはよく話していた。

https://www.instagram.com/p/BNF93CQhJei/

わたしの産まれたころ在日はかくあるなれば永住権が与えられるとされ、産まれて数週間の赤ん坊のわたしに日本国から正式に永住許可が下り、母子手帳にそんな赤い判子が押されていたのをはっきり覚えている。

母はそのころの貧しい暮らしを何度も繰り返し語ったものだ。ある日は食べるものが何もなかった。親戚からやり烏賊を貰った。やり烏賊を煮たり焼いたりしたの、美味しかったんだよ。当時母は栄養不良で母乳が出なかったらしい。

イザベル・フォンセーカの本を読むとつい最近までアルバニアや旧ユーゴスラビア地帯では失業率は100%。ニクというアルバニア人のロマはゴミ処理場で低賃金で働いた。こつこつと貯めた箪笥貯金で親族の為に家を買うが字を読めないニクは虎の子の貯金を偽物の権利証書と交換してしまうのだ。

わたしの一族では日本人と結婚したのはわたしが初めて。わたしは二十歳で妊娠していたがお腹の子を堕ろすようにと両親と親戚から言いきかされた。日本人の子を産んでもその子はけして幸せにはなれない。日本人とは結婚など出来ない。10代のわたしが恋愛を忌避していたのにはそんな背景がある。

https://www.instagram.com/p/BNF5jolhutR/

製パン王のドラマに出てくるハルモニ(韓国のお婆さん)がめちゃめちゃ怖い。世継ぎのためにと冷酷なことを平気でする。ドスの効いた声で嫁を叱る。次女がわたしを見た。いやいやいや、違うから、わたしこんな婆さん目指してないから。

ねえパン!美味しいパン!全然食べたくならないんですけど!次女がキレている。いやいいドラマじゃん。わたし的にはさ、プンパニッケル辺りをね、若干食べたくなって来てはいるんだよね〜

spitz-初恋クレイジー

https://www.instagram.com/p/BM_ND6dBf7p/

久しぶりにパンを捏ねてみた。寒くなり、神戸へ行った三女夫婦が残して行ったアラジンをリビングに置いてみた。点火。ダッチオーブンで2時間で焼き上がりました〜。

全粒粉を三割ほど混ぜた強力粉2カップ、イースト小さじ2分の1、卵黄1、豆乳2分の1カップ、塩少々、モラセス大さじ1。ベタつく生地が少しお利口になったところでバター大さじ2くらいを混ぜ込み、干しぶどうを更に加えて発酵。

発酵はリビングのキャットタワーの上から2段目で1時間ほど。8等分して丸めてリング型に並べアラジンで予め温めたダッチオーブンに入れた。

焼きあがるまでイゼベル・フオンセーカ「立ったまま埋めてくれ―ジプシーの旅と暮らし」を読む。1行1行が降り積もる粉雪のように脳に堆積するようでなかなか読み進めない。アルバニア

ウルサリの拠点はブルガリアのヤゴダ村だと別の日本人の書いた本で読んだ。イゼベル・フオンセーカはヤゴダへも行っただろうか。

https://www.instagram.com/p/BM8mMX1hapC/

ウルサリとはジプシーの熊使いのことである。リヒャルトはウルサリをモチーフに熊人形を作った。そんな風にわたしは断定しているが、それがわたし自身とどう関係するのかを一向にまとめられないでいる。

これまでジプシーの本を何冊か読んだけど何も響いて来なかった。けれどこのイゼベル・フオンセーカは何かが違う。なんだか苦しい。いろんなことを考える。まあ要するにわたしってジプシーじゃね?ということなんかを思ってしまうのだ。

沖縄でやっかいになった友人宅でわたしはうっかりピアスを間違えて付けて帰ってきた。それはわたしのピアスとそっくりだったのだがわたしのはガラス玉で友人のはダイアモンドだった。

無いんだよね〜という友人からの電話でようやく気付き、丁度その日沖縄へダイビングへと出掛けるという別の友人にその高価なアクセサリーを託したが、これから飛行場へ行くという彼に事情を話して包みを渡すとなんで間違えるかね、ズボン履きまちがえるみたいなことだろうよ、と呆れられた。

それ以来わたしは「盗み田盗み子」というあだ名で呼ばれている。いやワザとじゃないし。別にダイヤとか欲しくないし‥‥。

https://www.instagram.com/p/BM8lXsVBNg_/

わたしの従姉妹は盗癖があった。誰も居ない場所に置いてある財布から現金を盗ってしまう。嫁ぎ先でお姑さんの財布をやっちゃって実家へ帰される羽目になった。

わたしがわたしの両親の店で働いていた頃に盗癖のある同僚がいて、ひと悶着あったことがある。彼はレジからちょいちょい現金を抜き出していた。盗られた金額はひと月で数十万にもなった。

そのときの父と母が、盗癖の同僚にどちらかと言えば厳しく当たらなかった。イヤイヤ盗みは駄目だろうと当時のわたしにはその対応がまるで解せない。しかし父と母は土下座して謝る彼とその母親に二度としないと口約束をさせ、彼を解雇するだけで事を済ませた。

彼は店を辞めたのちしばらくして店のフロア係の女性と結婚をした。そのときもわたしは納得出来なかった。彼は前科者でなんである。

事件を知るまではわたしも彼のことが好きだった。イケメンで仕事はキッチリ出来る。今思うと寛大で柔和なところが際立っていた。わたしなど仕事中の失敗を何度も誰にも言わないでおいてもらったものだよな。

https://www.instagram.com/p/BM8mmRyBYHB/

https://youtu.be/bvf1prevhPw

スピッツの「初恋クレイジー」は少し古い曲だがめちゃ沢山あるスピッツの曲の中でわたしはこの曲のイントロがとても好きでよく脳内で流れている。

この曲をライブで観たことは一度もなかった。いつか熱い脂っこいラーメン食べれるようになったらまずはスピッツのライブへ行ってみたいなと思ったんだけど、なんかチケット取れないみたいですね。

だいたいラーメンとライブとどう関係してるの。

パトリックが呆れてる。

spitz-みなと

https://www.instagram.com/p/BM4oWSyhvn9/

昨日午後友人から電話。貴女が食べたいって言ってたお店の、そう、麩饅頭、買ってきたよ。え?わたしが食べたいって言った?わたしそんなこと言った?わたしは返す。電話を切って階段をパタパタと降りた。友人はほれと紙包みを差し出し今日は忙しいと風の中を走り去っていった。なんか知らんけど有り難や〜。

さてこの饅頭を食べながらさっきTSUTAYAで借りてきた「天地人」の最終回までのラスト4話を観ようかなとディスクを手に取ると何やら黒いプラスチックのロックが付いていてケースが開かない。泣きそうな気持ちでTSUTAYAに電話。磁気ロックを外し忘れ。いやセルフレジ、おねいさんは謝らなくてもいいんだ。

棚の中のDVDをガサゴソ。「トンマッコルへようこそ」を観た。結構泣いたりしてそのままラグで毛布を被り丸くなって昼寝をして目覚めると夜になっていた。

エプロンを付け、ウォークマンスピッツを聴きながらなんやかんや家事をした。「みなと」。

スピッツは人気バンドだけど昔スピッツのなんかの曲が教科書に載っていると聞いたときはちょっとびっくりした。公教育も変わったよな、なんてなぎら健壱みたいにそのときは呟いたりしたものだ。

わたしは「みなと」を褒めたい。これですよ、これ。出来るのか?学校は。これを教科書に載せてみろよ。まずイントロが良い。聴けば聴くほどなんとも歌い出しやすいイントロである。歌いたくなる、歌いださずには居られなくなる、めっちゃ誘ってくるよね。まさにイントロデュースと言うではないか。

次女との同居が始まり、わたしと夫とのキャンプライフににわかに文化的な暮らしがやってきた。バスタオルを畳む。今日はよく晴れた。日向の匂い。「みなと」が終わる。もう一度聴く。一曲リピートをしたいがためにウォークマンで聴いている。

今日は夕ご飯は作らない。夫と次女と近所のスーパーで惣菜や鉄火巻きなどを買い居酒屋ごっこである。わたしはこのスーパーの鳥レバの煮付けが好きで必ず買う。夫は解凍したコスのステーキ肉をスキレットで焼いて山葵をのっけて食べている。どうやらわたしたちが沖縄旅行中に定番となった大好きメニューのようだ。

スピッツ「みなと」。錆びた港でとボーカルのマサムネは歌い上げる。

わたしに果たしてもう一度旅立つ日が来るのだろうか。こんなにも長く元気が出ないのは本当になん年ぶりだろうか。旅に出ないってそれがなに?パトリックが言う。旅に出ないなら君は死ぬみたいなことか。まあそんな感じなのかなあ。

朝が来て昼が来て夜が来る。「みなと」だって歌ってるさ、船に乗るわけじゃない、だけど僕は港に居るって。パトリックの笑顔。

この「みなと」のイントロにひょいと乗るみたいにさ、またアホで陽気なわたしが戻って来ないかななんて思うんだよね。

恨のヒト

https://www.instagram.com/p/BM2VkLahBZQ/

韓国ドラマ「天地人」には何人かの孤児が登場する。

ところがこの孤児という言葉が適当ではない。この1年でわたしはかつてない心境の変化を得た。それは自分が今日生きていることイコール親が在ってのDNAの連鎖である。親は居る。親の存在はけして無ではない。

だからそうだな、「天地人」に登場する何人かの孤児は厳密には『生みの親からの養育が適当ではなかった子ども時代を持つ人たち』ということになるのかなあ。

幾つかの場面を見ながら『恨』の一文字が浮かんで来た。まったく韓国ドラマはこういうのが好きなんだ、ってな具合にさあ。

恨は強い。恨はそれが正しいか正しくないかではなく、瞬間の情熱である。俺はお前を許さない、いいか、お前のどこが許せないかを今から言ってやるぞ。わたしはこうした恨のシーンはじつはあまり怖くはないのだよ。韓国人は本当にこういうやり取りをやるものだ。見ていてなんだか懐かしかったくらいだ。

意外なことだが、その瞬間に情熱を出し切ってしまうと、恨そのものが心から根絶やしになることが実は多い。歌謡曲なんかには恨何百年と歌い上げるものもあるが、何百年も生き続けられる人間はどこにもいないし、そんなことしてたらストレスで早死にするだけだよ、なんて思う。

でも言葉がキツいからさ、突き刺さるからさ。そんな風に言う人もいるが、身に覚えのない過失であれば突き刺さることなどひとつもないのだ。お前のことを恨んでやると繰り返し言われたとしてもバカヤロウそりゃ誤解だ、お前は馬鹿だな、勘違いだとこちらも負けずに熱いものを返す。これって恨の流儀なのかな。

https://www.instagram.com/p/BM21PX2hdp-/

わたしはある時期自分の母をすごく憎んでいた。ある日母とやり合う日が来た。ところがわたしはわたしの心の怒りをぶつけられなかった。

何故なら母がわたしに何度も謝罪をしたからだった。それまでのわたしの人生で、目の前で謝っている人に対して、自分の怒りをぶつけたことが無かったのだ。

母と対面する日まで、はたして母は謝罪してくれるだろうかとわたしは悩んだものだ。あのときあっさりと謝罪されて、わたしの脳内の脚本がズレてしまったんだなあ。

わたしは母のことが嫌いで、母が動揺して困ればいいと心から願っていたのだ。母を苦しめたかった。母を痛めつけたかった。貴女を許すくらいなら死んだ方がマシだ。何度も何度も心の中でこの台詞を繰り返し練習していたのだ。

https://www.instagram.com/p/BM3PDdChQqJ/

貴女を許すくらいなら死んだ方がマシだ。この台詞を母に言えなかったことは結局は良かった。「天地人」を見ながらわたしはいろんなことを考えた。

生みの親への思いってのは困った固まりみたいなものなんだね。生みの親生みの親と軽く言いますが1人の人間が産まれてくるときにはそれは数々の段取りがあるわけ。

パトリックそれはちがうよ。パトリックは知らないんだよ。わたしは産んだことがあるから知ってるんだよ。赤ん坊なんてのはわたしの意思とは関係なく産まれて来ちゃうんだよ。‥‥だったら尚更だよ。生みの親になんの責任があるのよ。

わたしはやっぱり言うべきだったのだ。貴女を許すくらいなら死んだ方がマシだ。母はなんて返してくれただろう。ああそうか死ねばいい、今すぐ死んで居なくなれ。かつて母はそんな怖いことを十代のわたしに言ったことがあったけどそれを忘れてたみたいだ。すっかり忘れてなんだかあっさりと謝罪したんだな。

畜生死ぬもんか、わたしが死のうが生きようがわたしの人生だ。貴女とわたしは無関係、わたしを産んでくれてどうもありがとうございますそしてさようならだ。これは10代の終わり頃のわたしの台詞。

https://www.instagram.com/p/BM3X9BMhhsP/

天地人」は涙がポロポロと止まらないドラマなんである。ああわたしはいろんな『恨』を根絶やしに出来て居なかったな。『恨』ってのは相手は無関係。『恨』ってわたしの、わたしだけの、内面の出来事なんだなあ。

母はどうだったのかな。母は自分の『恨』を根絶やしに出来たのだろうか。わたしとは幾度かやりあってお互いにヘトヘトになることが多かったから、あれはあれでまあ良かったんだよね、ね、パトリック。