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fridayusaoのブログ〜丘の上から

統合失調症でDID、読書と音楽鑑賞の日々の徒然。

博物館明治村

https://www.instagram.com/p/BNY5CWghmE0/

(博物館明治村内 5丁目61番地 前橋監獄)

若い友人と愛知県犬山市にある博物館明治村へいった。彼女はこのテーマパークのヘビーユーザーである。いつか行きたいなと言ったら結構速攻で車で連れて行ってくれた。フットワーク軽い〜。

丁度その日休日だったという彼女のお兄ちゃんも同行した。彼とわたしは共に明治村はビギナー。学校時代遠足でしか行ったことがないというところまで一緒である。

なんかわかんないんだけど(ああこの感じおばさん)、この日明治村では謎解きゲームを開催中。1300円(入村料別)て高くね?とわたしとお兄ちゃんはえ?え?みたいな感じだが入場してのち、展示物のひとつである帝国ホテルのカウンターで和装の女性スタッフさんから謎解きゲームの書類一式を受け取った。

ゲーム開始。お兄ちゃんは野口英世、わたしは樋口一葉だ。彼女はビギナーのわたしたちをサポートすべくゲームは不参加(さてはどっちも内容が知りたいんだな)。

内容は野口英世ゲームが明治村の北エリアを、樋口一葉は南エリアの展示物を網羅出来るシステムになっていた。「ここでバスに乗ってもいい」という指示は無視して歩いたから北エリアの野口英世の謎解き終了時には既に3時間を経過していた。歩いた〜〜。

正解のたびに嬉しくて建物の名称を叫びがちなわたしを兄と妹が厳しく叱る。周りにゲームやってる人多いからネタバレは厳禁なんだよね。赤い橋、灯台、郵便局。正解に辿り着くとそこで「サービスナンバー」なるものが与えられる。そして歩く。結構キツい。ねえこれサイコロゲームじゃね?

さて樋口一葉。南エリア進出〜。謎解きの合間を縫って近衛局本部付属舎(1丁目4番地)で年間パスポートを作った。博物館明治村めっちゃ面白い。重文いと多し。(重文=重要文化財)。

昼ごはんには手作りのお弁当を頂く。わたしの分もあるのか。恐縮なり。それにしても友人は広大な敷地内の展示物をほぼ熟知していた。今日は時間無いからガイド聞かないよ!と走り抜ける。

閉館まで1時間を切った。カレーパンだ。どうする?お兄ちゃんが妹に目で尋ねる。謎解きはあともう少し。解けたはいいがここから正面玄関の帝国ホテルまでは走っても20分はかかる。ゲーム終わり、正解を帝国ホテルカウンターのおばちゃんに口頭で伝えることになっていた。妹はカレーパン屋へダッシュした。だよね〜。わたしも走った。

タイムアウトゲームオーバー。彼女は負けず嫌い。ヒントは一切見ないでここまで来た。まあいいや。ふと見るとお兄ちゃんが厳しい表情で揚げたてのカレーパンを見ているではないか。お兄ちゃん猫舌だから。妹はケロリと言った。

帰りの車中でなにやらミーティング。え?わたしはよくわかんないんだが謎解きゲームの期限はあと10日ほどあるらしい。

今日日曜日。明治村再び。今日はわたしの夫も同行することになっている。

樋口一葉リベンジっす。

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モスクワは涙を信じない、そしてニコル・マルティネス 歴史に関する試論

https://www.instagram.com/p/BNg3EJQhA5e/

「モスクワは涙を信じない」は映画である。ロシアのことが知りたくて二十歳のころロードショーを観に行ったのは覚えているが映画の内容は全く覚えてない。悲しかったのか、ハッピーエンドだったのか、それくらいは覚えていてもいいんはずなんだけど。

白水社 ニコル・マルティネス著「ジプシー」を読みはじめた。驚きと納得。導入部分をもう5回は読んだだろうか。

ドイツ人歴史学者H・M・G・グレルマンが18世紀に書いたジプシー論。それはその後何百年間にわたり誰ひとりとして疑うこともなかった。じっさいにわたしもその理論からなるジプシー関連書を何冊も読んだのだ。

ニコル・マルティネスはフランスの女性研究者である。翻訳者であり、これまでのジプシーに対する固定観念を根源から見直そうと努める彼女の論文を熱心に解読する水谷驍氏の著作も少し前に読んだ。

文学、音楽、絵画、演劇。いわゆるカルチャーと呼ばれるものの功罪。それらは需要があり供給がある。年に一度、もしくは一生に一度限りの思い出作りならばいいではないか。容易に理解しやすいものを楽しむのがそんなに悪いことか。なんだかそんな声が聞こえてきそうではないか。

正直わたしはジプシーの起源研究にもジプシーの救済ボランティアにも手を付けるつもりは毛頭ない。だから今感じている、どうにも抑えることが困難な気持ちの揺れには当惑している。

決めつけないで。わたしを勝手に区切らないで。ニコル・マルティネスの歴史的試論は、酷く狭量な真実のわたしを呼び起こす。

在日三世のわたしはこれまで「可哀想ブランド」で括られることは全然珍しくなかった。それは欺瞞に満ちた偽りの自尊心。発展途上、わたしは見事に未熟だった。

だから被差別民族への救済という大義は虚偽だとも、それが悪行だとも今も考えてはいない。

何故ならわたしは真実を愛しているのだ。その瞬間、その瞬間の隣人たちの憐れみの眼差しは100%嘘ではなかった。「可哀想ブランド」をまんざらでもないと許容したわたしの弱さこそが正に可哀想であり、それは紛れもない真実。

強くなるしか道はないんだな。

揺れる心。悲しむことはしたくない。なんだか今は悲しんだら負けだと思っちゃうんだよね。

ニコルさん、会ったこともないニコルさん。遊動の人生は人を強くするかもしれないですよ。まだ半分も読んでないけれど、ちょっときついけど読むよ。

「モスクワは涙を信じない」。どんな映画だったかは忘れちゃったけど、涙を流したくらいでなんだっていうのか。涙にだっていろいろある。

涙はある種の脳内ホルモンを分泌し、記憶を整理して気持ちを落ち着かせるらしいよ。

わたしも涙は信じない。泣いて泣いて誰かをビックリさせたとしてもゴメン無かったことにして、とか言って次の幕に進みたいな。次の幕を開けるのはもちろんわたしなのだからさ。

ニューフェイス

https://www.instagram.com/p/BNa8bf4hf3-/

新しい熊が来た。夫がヤフオクでサプライズ購入した熊が届いた。わーい、鮭背負い熊だあ。そして可愛い。けして些細な彫りではないけれど顔がいいしなにより全体の統一感。こんにちは感。あるある。

木彫り熊を調べていたはずなのにドイツへ移った。そして現在脳内はブルガリア滞在中。ブルガリア語とドイツ語を行ったり来たり。キリル文字好きだけどホント読めない。

先週声楽家の友人が鬱のお見舞いに来てくれた。なんやかんや話して、毎月カラオケ行くくらいなら、となんと彼女から声楽を習うことに。年明けから始まる。わくわくだ。

シューベルトはドイツ語の強化になるからって言ってたはずなのに初心者はイタリア歌曲からなんですと。これはもう脳内がえらいことになりまっせ。

これで正式な師弟関係に入りましたな、と言う。ふっふっふ。声楽家は不敵な笑みを浮かべる。こ、怖い。

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講談社現代新書 杉山登志郎「発達障害の子どもたち」

https://www.instagram.com/p/BNQxlLlh9Cx/

(東山動物園 対馬ヤマネコ舎)

動物園へ行った。ツシマヤマネコを見たかったが週末ということもあってかツシマヤマネコにはギャラリーが多くヤマネコは最上段から降りては来なかった。ローアングルから望遠レンズで撮る人もちらほら見かけた。ヤマネコは24時間モニターで管理されていた。これじゃあプライバシーがないよね。(動物園ってのはそういうところでしょうが)

昨日次女の運転でブックオフへ。杉山登志郎発達障害の子どもたち」が108円だった。安い。中を見ると全ページ熱心な書き込みだらけ。だからかな。早速買ってうちに帰り、特売の値札を剥がすと入荷時には260円の値がついている。これだけの書き込みがあってもこの値段。唸る。いやさすが杉山登志郎氏です。

関東にいた時に電話でカウンセリングを受けていたが、その時のセラピストが杉山登志郎「子ども虐待という第4の発達障害」という発売されて間もない話題の本を勧めてくれた。早速図書館で借りて読んだ。内容は衝撃的であった。子ども虐待と発達障害自閉症、精神遅延と記憶障害。どうやらこういうものは重複して起きているようだ。

杉山登志郎は虐待系発達障害とそうでない発達障害とを臨床から見分けているようであるが、わたしが最も衝撃を受けたのは虐待系発達障害には生後間もなくの時期の母子間の視覚の接触の有無で生じる、赤ん坊の脳への器質的発達障害があるとされる論文の紹介だった。

あまりにもショックだったのでそのとき本を閉じたのを覚えている。ダメじゃん。もうわたし治らないじゃんみたいな気持ちになった。

今考えればそのときのわたしの反応は極端であった。一病息災と言うではないか。いつかこの世から病気が無くなればそんときゃ俺は食いっぱぐれだと内科の主治医はゲラゲラ笑っていた。誰だってどこか悪いし、誰だって老いてゆくのだ。この世でどうしようもないことなんて誰だって幾らでもあるじゃないか。

おそらくその頃のわたしは母への復讐心で満ちていた。何もかも母のせい。丸投げだ。発達障害とはよく言ったものだ。わたしの心はいくつになっても幼いまま。発達を遂げる、成長をするとは自分のありのままの現実を受け入れてゆく力をつけることなのだと最近考えるようになったがはてさてうんちくばかり。じっさい力を付けていってるかどうかは怪しい限りだ。

ブックオフの帰りに長女の家へ行き録画してある真田丸を見た。おにぎりある?ないけどこれ食べる?長女が昨晩の残りだと手作りのマカロニグラタンを温め直してくれた。

お姉ちゃんところには家庭の味ってものがあるよね。次女が嬉しそうに言う。ええそうですとも。ええはいそれは事実でしょうよ。

長女が面白いのあるから観る?と「三谷幸喜 大空港2013」をみしてくれた。ドタバタコメディー。めちゃ笑った。

わたしは昔とある友人に「ねぇ今気づいたんだけど貴女って藤山寛美に似てるよね!」と言ったことがある。わたしは藤山寛美が大好きだったし、彼女のことも好きだった。だけどうら若き女性に対しては適切な褒め言葉とは言えなかったようだ。

そのとき彼女がわたしに言った言葉は「前から思ってたんだけど貴女って三谷幸喜に似てるよね!」だった。え、どこが?わたしがそう言うと、彼女は自分は藤山寛美ではなくむしろ藤山寛美の娘に似ているのだと言った。一緒じゃん、と思ったがわたしは黙っていた。

その話を長女にしたらそう言えばママ、三谷幸喜に似てるよ、と言うではないか。アンタ三谷幸喜に会ったことあるんか?ん?ありゃどう見てもおっさんだろうよ。

唸る。

五柳書院 「ブルガリアにキスはあるか」荒川洋治

https://www.instagram.com/p/zroDCpFg9D/

(ミセス・ハーバード・スチーブンス/可児市花フェスタ記念公園)

荒川洋治「美代子、石を投げなさい」は1994年出版「坑夫トッチルは電気をつけた―荒川洋治詩集」に収められている。「美代子、石を投げなさい」を読んだときの衝撃を覚えている。詩人ていいなあ、詩人がいいなあと何日もぼんやりしていた。

ブルガリアを調べていたら荒川洋治にヒットした。1989年に始まった東欧革命。荒川洋治は何度も東欧へ足を運ぶ。ブルガリアは何もない。冷え冷えとして夜景までもがさみしい。ホテルから一歩も出たくないと彼は綴っている。

今日は映画「ソフィアの夜明け」を観た。あかん映画だった。あかん感じに号泣してしまい些細な映像の機微が大いに損なわれてしまう。やれやれどうしたものか。

そもそも「ソフィアの夜明け」は映画と呼べるか。監督を含めて役者たちのほとんどは映画初デビュー。主人公の男優は実名で登場。映画のストーリーは彼自身の半生であり、劇中で取り乱して泣き叫ぶ恋人役は本物の恋人が演じている。スタッフやカメラさんたちはどんな人たちだったのだろうか。余分な心配をしつつもブルガリアの街がとにかく観たかった。画面に張り付いた。

「冷蔵庫の中に魂を置き忘れた気分だ」薬物依存性の治療中の主人公がセラピストに訴える。「水晶のような心になりたい。全ての人を愛したい」。わたしは涙が止まらない。

早朝、閑散としたブルガリアの首都ソフィアの大通りの真ん中を主人公の男性がトボトボと歩くシーン。バッハのピアノ協奏曲ニ短調が流れる。助けて。悲鳴のようなピアノ曲。もう勘弁してくれよ。こんな映画観なきゃよかったとこの時は流石に思った。

主人公の心情をもっと知りたい。白水社 ヴィクター・セベスチェン「東欧革命」を読みはじめたけれど、こんなこ難しい本は必要ないかもしれない。普通の暮らしがしたい。どこに住んでいても、何をしていても願いはひとつだから。

ソフィアの夜明け」はもう2度と観たくない。彼はわたしでわたしは彼だった。だからそうだわたしはお金を貯めてもういちど旅に出ることにしよう。今はそんなことしか思いつかない。そうしなければこの底なしの苦しさからは逃れられない。

「ぼくなら投げるな ぼくは俗のかたまりだからな。

(中略)

石ひとつ投げられない 偽善の牙の人々が 君のことを書いている 読んでいる

(中略)

きれいな顔をして 君を語るのだ

美代子、あれは詩人だ

石を投げなさい」

水晶のような心を求めることは必ずしも完璧主義とは違う。詩人としてしか生きられない。それはそういう心の衝動。ブルガリアにキスはあった。何もなくともそれで十分だと荒川洋治は書いている。

スコーン

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スコーンにもいろいろある。私が1番好きなのは素朴な味のスコーンである。これをスコーンと呼んだら誰かはきっといやいやこれはスコーンではないですと言うような、そんなギリギリのスコーンである。

このスコーンはフライパンで焼く。やはりオーブンが苦手である。捏ねたやつを丸く平らに伸ばして粉を振ったフライパン一面に置く。火をつけるのはそれからで良い。

スコーンは捏ねないとあるがこのスコーンは捏ねるわけで、これまたギリギリのこれは柔らかくて捏ねられんという白いやつを、あわわわとなりつつもなんとかして捏ねるわけである。

スコットランドではこれを熱い石の板の上で焼いたとある。だからフライパンには蓋なんかしないで焼く。弱火。15分くらいでひっくり返す。焼き面はガッチガチである。

ひっくり返したらまた15分。結構時間がかかるけれどストーブの上に置きっぱなしでいい。15分はだいたい歌にして4曲。聴きながら焼くわけ。タイマーは不要。

このスコーンは日にちが経つと柔らかくなる。だからこれはスコーンじゃなくてパンでは?

ケーキを切るみたいに8当分にして、熱いうちに真ん中で割って蜂蜜とバターを挟む。蜂蜜は染み込んでバターはゆっくり溶けてゆく。

タッパに入れて動物園へ持っていったんだけど残りは次の日の朝ごはん。紅茶と。

レシピはこんな感じです。

薄力粉 カップ2

ベーキングパウダー 小さじ2

ヨーグルトと水を半々に溶かしたやつ カップ1と2分の1

塩と砂糖 少しずつ

BGM お好きなものをどうぞ。

注意:手がベタベタになるから粉を振りながら捏ねる感じです〜

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ムタビリス

https://www.instagram.com/p/BNQxYXThhGu/

そのバラの起源について読んだのはもう10年以上前のことだ。

アフリカの東の離島。レユニオン島の話。レユニオン島は昔はブルボン島という名前だった。王様が言いつけたのか、島の人たちが好きでそうしたのか、そのどちらかだった。

島の家は生垣にバラを植えること。そしてそのバラは赤と白とを交互に植えること。ブルボン島はそれは美しいバラだらけの島だった。

だけどバラたちは次第に雑種交配していった。それでいろいろなバラの品種が突然変異で生まれた。

ムタビリスはそのひとつだと言われてたけれど違うよと言った人がいた。

ムタビリスは雑種じゃない。ムタビリスは原種だ。その人はそう言った。

何年も経ってようやくわたしは生きたムタビリスをバラ園で見た。なぜだかわからないけれど涙が出た。

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