ミルクロード

きっかけは長女の一家が北海道に5年ほど住んでいたころに遡る。北海道が好きである。私の旅は滞在型だ。そして観光地や大都市を避けているが、それはたまたま知り合いが田舎に居たりする単純な理由だ。もう何度も北海道を訪ねているが札幌はいつも特急でスルーしている。都会は何処も似たようなものだ、という友人がちょっとうらやましいので、1度くらいは札幌に長期ステイしてみたいとか考える。

北海道にいくまで私は自分は牛乳を飲めない体質だと勝手に思いこんでいた。美味しいと思ったことがないのだ。初めて美味しい牛乳を飲んだのは長女の一家が住んでいた道南の辺境の町で、ちっさいお風呂屋さんでのことだった。冷たくて、薄味のアイスクリームのようで、クリームがボコボコと浮いていた。湯上りの体にしみわたる至福の飲料だった。

その日から私の乳牛研究が始まる。

何故この牛乳はこんなに美味しいのかと、人に尋ねたり本で調べたり。研究は続く。スーパーで高額の遮光パック入りの低温殺菌を買いあさる。日本中に現在ジャージー種が何処に何頭いるのかデータを集める。悲しいことにそもそも私の身体は牛乳をやはりあまり受け付けない事実にもくじけない。

美味しい牛乳は日本中に存在する。私は現在のところ岩手県葛巻の牛乳が1番美味しいんじゃないかという結論に達して、なんだ北海道はどうしたんだ、とちょっと本末転倒な感じだ。

乳牛研究は同時に乳牛を育成する人々の熱い思いを知る経験ともなった。日本各地に乳牛や肉牛や馬などの育成牧場というものがある。素人なのであまり詳しくはないが、牛はストレスを除くことで質の良い、そして人が美味しいと感じる(だってもともと牛乳は子牛のためのものだよね)乳となるらしい。

初夏のころにまだお産をしていない雌牛が自治体や民間の育成牧場に預けられる。これを入牧というが、大切な牛たちは一頭一頭体重や体高を計測され、個体識別され、下牧の日まで大切に扱われる。予防接種をするところなんかもある。育成牧場はたいてい小高い山の上にあるようだ。私が見学した北海道のとある育成牧場は牛たちが遠く水平線を眺めながら、のんびりと上質の牧草を心ゆくまで食べられる、とあり、文字通りの牛リゾートを堪能できると約束していた。青い海広い空が果たして牛たちの脳をリラックスさせるのか。

思わず唸る。

きっかけは美味しい牛乳だったんだけど、以来私はこの町を訪れる時には必ずこの育成牧場に行くことにしている。そこは素敵なところだ。人間の私の脳にも良いことに気づく。私はそこで散らばる牛たち一頭一頭とアイコンタクトをとり、たまに並んで記念撮影をする。牛は家畜だ。でも間違いなくこの牛たちは愛されているのだ。愛がなければ良い乳は出ないから。牛はどう考えているだろう。あー、気持ちいいとこね〜、みたいな感じなんだろうな。育成牧場に行くたび私は感動する。世界中がこの育成牧場のようであるなら、と、壮大な考えに気をよくし、サウンドオブミュージックのあのジュリーアンドリュースのようにラララララ〜っと歌い出しそうになってしまうのだ。

タイトルに戻ろう。

ミルクロードとは畜産農家から集めた牛乳を運ぶ車両の通る道路のことだ。

ミルクロードもまた日本各地に存在するが、いつか日本中のミルクロードを車で完乗してみたい。

北海道では冬の朝めちゃめちゃ早い時間にミルクロードの除雪作業が始まる。山中を貫く、さっぱりと除雪されたミルクロードの脇はこんもりと新雪が積もっていて、ちいさな動物の足跡があったりする。

ミルクロードは清い。

集められた牛乳は愛の証しだからだ。