fridayusaoのブログ〜丘の上から

統合失調症でDID、読書と音楽鑑賞の日々の徒然。

アカシアの雨がやむとき

「勇気100%」という曲がある。次女を産んだころ流行っていた光GENJIのヒット曲だ。私はこの曲がとても好きだ。メロディもアレンジもサビもまさに100%!パーフェクトなんじゃないかと思う。カラオケでは必ずリストに加える(カラオケ行く時は曲リスト作っていく)。残念なのは光GENJIが早々に解散したことだ。ローラースケートを履いてステージを器用に動き回る彼らのパフォーマンスは素晴らしい。だけどちょっと考えればわかるけどあれって児童労働みたいなものだよね。芸者の修行を子飼いというけど、光GENJIも子飼いの時代から仕込まれてああした曲芸を出来るようになったのかもしれないね。解散の真相はわからない。 夕方百坪ほどのアスファルトの駐車場をちり取りと箒を持った私がちょこまかと歩き回っている。吸い殻を二つ拾った。駐車場には水色のゴルフが1台、もう少ししたら午後6時、夕方のピークがやってくる。私は裏口へ周りちり取りと箒を片付けて、一服しようとしてやめた。長女がお腹にいた。20歳の2月の月曜日。妊娠していることはまだ誰も知らなかった。 私の内面は温かだった。暁の到来。長女の妊娠は私の日々の糧だった。この子を産まないなら私は死ぬだろうと考えた。いやいやいや、まだ結婚もしてないんだよ、elleが慌てる。elleは19歳のころ出現した人格だ。名前の由来は不明。その頃大学でフランス語の授業を取っていたから由来はその辺りかも。 妊娠に気付いた瞬間からいきなりパワフルになった訳ではなかった。私はその頃毎日が忙し過ぎて疲れていた。両親の経営する喫茶店のバイトの女の子が1人辞めた。私は本屋のバイトを辞め、大学から直行して夕方の喫茶店の仕事に入る。辞めた女の子はカウンター内を仕切っていた。結婚退職だった。その時母は体調が悪く4時には店を上がっていた。私は5時頃から閉店の10時まで働いた。駐車場のゴミ拾いは子ども時代に言いつけられた仕事だ。国道沿いに建てられた新しいお店の駐車場はちょっと広かったからゴミ拾いは前よりは大変だったがいつもたいてい同じ場所に同じ吸い殻が落ちていた。それを片付けるのが私のルーティンだ。 私はカウンターの洗い場の溜まってるタンブラーやコーヒーカップを洗いながら空想し続けた。壮大な家出計画だ。結局家出は出来なかったけれど、私はお腹の子といつ、どうやって行方をくらまそうかと真剣に思案していた。 明け方の中央線で塩尻へ、新宿行きの特急に乗り換えて東京へ出よう。お金を貯めて伊豆諸島に行こう。そこまで行ってしまえば追いかけてくるものはないもないだろうと考えた。 原口統三の「二十歳のエチュード」を知ったのは17歳の時だ。私にこの本を教えてくれた友人とはそれから何十年か付き合いがあったが今は疎遠となっている。原口統三には確かもう一冊書簡集があり、それによれば彼は自殺する直前の一年を第二次世界大戦中の騒乱をかき分けるように旅をし続けた。彼が最も愛していたのが中央本線だった。名古屋に住む実兄を頼りに彼は中央本線で東京名古屋を幾度も行き来している。 原口統三は私の危機を掌握する人物だ。彼の言葉は17歳の私を連れ去った。死、それも自死清岡卓行という詩人が彼について書いたものを読んだが彼を正しく理解していたとは言い難いのではないか?原口統三はすべてのものを拒絶したが、そうしたくてしたわけじゃなかった。一言で言えば死ぬ瞬間の、その間際の生体反応になら生きているという実感が得られそうだという結論に至ってしまったのだ。衝動とか、逃避ではなく彼と私が目指した自死とはもはやそのようにしか生きることが出来ないという習性のようなものだった。 原口統三に出会った時私は嬉しかった。知己を得た。でも彼はもう死んでいた。私は失笑した。とにかく死ぬことしか考えられない日々が何年も続いていた私にようやく出会えた友人はすでに居ない。人生はうまくいかないものだ。 私が19歳の頃身近な人が何人か死んだ。一人はお店のバイトの女の子。パタパタ音をたてる安物のサンダルを履いていた。それ明日は履いて来ないでね。私は彼女にきつく言った。仕事中はガムを噛まないこと。彼女はまだ16歳だった。父親と2人暮らし。どうしてうちの店に来たのかはわからない。きっと両親は頼まれて断れなかったのだろう。母は陰であの子はダメね、と言ったが直接言うことはしない。禁止事項の伝達や女の子たちの素行の指導は私の役目だった。彼女は笑顔が可愛いかった。そして素直にうなづいた。ごめんなさい。知らなかったの。わかりました。彼女は何度もうなづく。しかし彼女に明日はなかった。その夜交通事故で死んだのだ。 放っておいても人は死ぬ。私はカウンターの溜まってるタンブラーをひたすら洗い続ける。もう一人は大学の同級生。彼も交通事故だった。疲れていた。虚無だった。原口統三を読んでいた。中央本線に乗りたかった。 閉店後、お店の女の子の勤めるスナックに行く。誰かが「アカシアの雨にうたれて〜」と歌っていた。