小説 丘の上から ①秋の章

リスも夢を見る。

そこは広々としたところだった。あたり一面まぶしい光が満ちていた。耐えきれずに目を閉じた。怖々目を開けてよく見ると、白い光の中、少し離れた場所にフライデーがいた。言葉を話すことが出来ないはずのフライデーがこちらを向いて何か言っているのだ。僕はフライデーに駆け寄ろうと一歩踏み出した。

同じ夢が何日も続いていると今朝フライデーに説明してみた。説明するといっても僕らには言葉がない。僕は伝えたいことを頭で念じるのだ。フライデーはたいてい首を少し傾げて応える。

(そうか、そうなんだな。それでゆうべは眠れたの?)

わからない。僕は答えた。夢を見たってことは少しは眠ったみたいだ。それを聞いてフライデーは微笑んだ。微笑んだといってもそんな感じがしたというだけだ。フライデーはライオンラビットだから顔の表情というものがない。

(行こうか)

今日はフライデーと一緒にヒマワリ畑へ行くことになっている。ここ数日の冷え込みでヒマワリの種が完熟し始めている。僕は寝床にしている木のウロの入口を内側から、切ったホウの葉でふさいだ。ウロの中には毎日フライデーが持って来てくれるアーモンドやカシューナッツを蓄えてある。この森には僕以外にリスはいないけど大切な財産だ。

フライデーは兎だけど二足歩行をする。僕は春に生まれたから秋や冬にフライデーがどんな恰好をするのかしらないけれど、夏の暑い日でも彼はブレザーを着る。紺のブレザーのポケットに手を突っ込んでちょっと気取って歩くのだ。僕はちょうどフライデーの目の高さの枝を選んで飛び移り飛び移り進む。枝が途切れるとフライデーは僕を肩に乗せた。彼の首周りのチャコールグレーの毛に僕はふんわりと包まれる。草を踏む時のゆったりとした揺れに身をまかせた。

(ついたよ)

フライデーはもしゃもしゃの右手で僕をなでた。どうやら僕は居眠りをしていたみたいだ。ここはどこなんだ。目の前には一軒のログハウスがあった。ハウスの周囲はダケカンバがいっぱいでちょっと美しい景色だった。煉瓦を敷いたアプローチはまだ作りかけのようだ。狭いけれどテラスがあり、テラスのテーブルでは男の人がひとりで紅茶を飲んでいる。フライデーに気づいて男の人が玄関前の段々を下りてきた。

「やあ、フライデー。調子はどう?」

フライデーは右手を軽く挙げて小さくうなずいた。そして僕を肩から取り出し、腕に乗せ、男の人に差し出した。

「ほお、これが君の言っていたリスかい」

僕はフライデーの腕から男の人の腕へと飛び移った。なにしろこの森へ来てはじめて会う人間だったのだ。それにそうするようにフライデーに促されている気がしたのだ。僕は男の人の顔に鼻を近づけてみた。彼の顔からなにかの草の匂いがした。

ハーブティーを飲んでたんだ。」

「ミントですね」

「君はしゃべれるのかい?」

フライデーが笑った。僕たちは家の中へ入った。

男の人は自分は精神科医で名前をジョージ・ピーターズという、趣味は釣りだけどこの森の池ではまだ一匹も魚を釣ったことがないんだ、と笑った。専門は人だけれど最近はエキゾチックアニマルも診る。彼はそう言ってフライデーを呼んだ。フライデーはログハウスの台所でなにか食べるものを漁っていた。

「悪いけれど彼と二人きりになりたいんだ。少し外を散歩してきてくれないか」

(りょうかいです)

フライデーはそう言って出ていった。僕は精神科医が僕になんの用だろうといぶかった。

「君が不眠症で悩んでいるって、聞いてたよ。少し調べたんだがリスって冬眠をするよねえ。眠れないんじゃ大変だ。なにか悩みごとでもあるのかい」

こうして僕とジョージ・ピーターズとのリレーションシップが始まった。(つづく)