小説 丘の上から 冬の章 3

ルイゼッタは生成りの麻布に包まれていた。麻布が解かれ中から金属製の四角いものが現れた。僕は近づいてしげしげと眺めた。精巧に造られた何かの部品の様にも見える。

「この娘生きてるの?」ローザが言った。

「大丈夫。ほら、ここからブルブル小さいけど音がしてる」フライデーが丸くくり抜かれた穴の中を指差した。

「これはシリンダーブロックでしょう?」パトリックが身を乗り出した。

「シリンダーブロック?」僕は尋ねた。

「自動車のエンジンさ」パトリックが言った。

「ルイゼッタはボロボロなんだ。今はもうこれだけしか残っていないんだ」うさおが寂しそうに呟いた。

「その、ルイゼッタ、さんは自動車なんですか?」僕は尋ねた。

「まさか、女の子よ。最後に会った時は17歳だったわ」ローザが答えた。

「ある日お店の駐車場の隅にこれが転がってたんだ。すぐにルイゼッタだってわかったよ」

「これは1.3リットルくらいですかね?」

「うん。それくらいかな。ルイゼッタ、ルイゼッタ、聞こえるかい?」うさおが呼びかける。

「シーっ。静かに。ほら、ブルブル言ってる。返事をしてるよ」フライデーは抱きしめるようにして自分の顔をその部品の穴に近づけた。僕もフライデーの首にしがみついて近づいてみた。何も聴こえない。

「ルイゼッタは力が強い」ジョージが言った。「美和は危機だ。ルイゼッタはスイッチするだろう。しかし問題は季節だ。ルイゼッタは冬は苦手だ」

「兎なのにね」ローザが笑った。

「すいません。これ、いや、ルイゼッタさんは兎なんですか?兎って、あの」僕は頭が混乱した。

「だからつまり」ジョージがうさおを見る。

「これは大型兎の心臓部分なんだよ」うさおはニヤリと笑う。「正確には兎型ロボットのね」

「心臓部分だけで生き続けているなんて本当に強いねえ‥‥‥」パトリックは腕組みして感心している。

「仮死状態さ」ジョージがルイゼッタを撫でた。

「呼びかけるんだ。何度も呼びかけて彼女を引き戻す必要がある。彼女は最後にスイッチしたあと駐車場に転がるこのシリンダーブロックに魅了され、そのまま息絶えたんだ。やっぱりこのままじゃダメだよ。ルイゼッタは可愛い白兎だったんだ」

「ルイゼッタさん!ルイゼッタさん!僕はフランクリンといいます!聞こえますか!ルイゼッタさん!」僕が大声を出したのでエルが小さく飛び上がった。カウンターに近づいて僕を見た。

「ねえルイゼッタ。あたしよ。エルよ。あんたのことは嫌いだけどこのリスはいいリスよ。なんとか言いなさいよ」エルはルイゼッタを見ている。

その時シリンダーブロックがブンブン唸る様な音をたててカタカタとカウンターの上で揺れ始めた。僕は怖くなって後ずさりした。フライデーは必死になってルイゼッタルイゼッタと騒ぎ始めた。

突然強風でカフェが大きく揺れた。窓ガラスがビシビシと鳴った。

「スイッチした」ジョージが言った。

「さてどうなるか」うさおが頷いた。