ビックス・バイダーベック「シンギン・ザ・ブルース」

火鉢を貰った。真鍮製。灰も炭も入ったままだった。早速こちらは趣味でただ大事にして飾っていただけの錆びた五徳をセットしてみた。素晴らしい。五徳が悦に入るようではないか。

お気に入りの木製の長火鉢の斜め前に置いてみる。うーん。やっぱり少し離す。火鉢ばかりの和室はいかがなものか。早く体調を治して灰の掃除がしたい。てか一軒家なんだし、火を入れたらダメかな。ダメだろうな。するめとか、いいよねえ。

玄関を出て、道路へ出る。道を渡る。目の前には白くて綺麗な内科のクリニックの自動ドアが見えていた。こんなに近くに病院があるんだし思い切って行っちゃえと行っちゃうことにした。

ドクターはわたしと同い年くらい。予診票の病名をザッと眺めながらうちでいいの?と言う。だって大きな病院は遠いし混んでるし、このところ調子がいいんですよ。わたしは最新の血液データの紙を渡す。最新といっても2年前になる。ブスコパン下さい、と言うと注射もあるからね、と親切だ。わたしね、いつか治るって思ってるんですよ。なにぶりっこしているんだ。頭の中で声がした。

薬と会計を待つあいだ文春新書から出ている小泉武夫「発酵食品礼讃」を読む。小泉武夫は勇気がある。勇気というよりはもはや使命感に満ち満ちている。この命許す限り世界各地の臭い食べ物を全て口にせねばならぬ。どれだけのアンモニア臭が立ち昇ろうとそれらを味わい噛み締めその成分をひたすら分析せねばならぬのだ。そしてこの本にはないがもしもお腹を壊した時のために旅先では毎日納豆を食べているらしい。

納豆とな。

これまた発酵食品だ。

発酵食品でやられた胃腸を発酵食品で癒す。

このおじさん普通に生のマンゴーとか食べれるのかな。ちょっと心配。

今朝はライ麦パンをHBで焼いた。レモンカードとミルクジャムのダブル甘あまに飽きた家族は今朝は普通にトーストし、薄切りのバターをのせパクパク食べている。無塩バターだ。食べる時には塩をパラパラやるのがいい。ブスコパンで腹痛が止み、わたしも今朝はオートミールを食べた。

ビックス・バイダーベックは1900年ごろに生まれている。トランペットではなくコルネットを吹く。トランペットはまだなかったのかもしれない。モノラル音が古色蒼然たいへん落ち着く。胃腸にも良い音だ。

今住んでいる家は実は友人の家で、ちょいちょい友人の私物が、奥まった押入れに残っていたりするのだが、引越しの時に1台のトランペットが見つかった。黒い頑丈な箱に入っていた。

わたし吹けるよ。早速長女がプープーと音を出した。学校で習ったという。へー。学校ってすごいね。わたしもやってみたがこれがなかなかむつかしい。押すところは三つしかない。長女は器用にドレミファ〜とやる。

来月5歳がママ友たちの主宰の発表会で楽器を持つことになった。トライアングルやカスタネットだ。5歳はそんな子ども染みた楽器は嫌だと反抗してやろうとしない。自分の順番が来ても斜に構えて口を尖らせていた、まるで窪塚洋介みたいだったの、と何故か長女は嬉しそうだ。それでいいのか。

先日友人がやって来た時に5歳は早速トランペットを貸して欲しいと自分で友人に直接頼み、その日から毎日トランペットを吹く真似事をし続けている。

今朝も吹いていたが練習の成果もありそれらしい音が出るからちょっとすごいことだとわたしは5歳を心から尊敬している。

しかし何と無く音が違う。

これは戦いの前に吹くやつだな。婿が言う。

つのぶえ。

長女が言う。ねえママ、コルネットっていう小さいトランペットがあるんだって。それで5歳くらいの子はコルネットがいいんだって。

わたしはビックス・バイダーベックの2枚組のベスト盤を持っているのだ。取り出してきて、長女に見せる。

長女は嬉しそうだ。聴いてみる。ふうん。こんな音。ビックス・バイダーベック1曲目は「シンギン・ザ・ブルース」。定番だ。

リビングはあっという間、古い音楽だけが醸し出すことの出来る、人の動きをどこかゆっくりとさせるあの独特な佇まいに満ちてゆく。

ビックスのコルネットはいい。

狭いような詰まったような、それが僕には丁度いいよ、というかのような。

彼はいつまでも楽しげに歌いあげていた。