白泉社 「イギリスのお話はおいしい。」

このところ続けてチヂミを焼く。人参とニラ。人参とニラを混ぜることはしない。人参だけのチヂミ、ニラだけのチヂミ、それぞれに焼く。多めの人参、多めのニラをちょっと少ないかなという感じの小麦粉液で繋ぐ。味付けは塩を少し。食べる時に辛いタレ。

後半ひっくり返してからはギューギューと木べらで生地を押す。チヂミは押して焼けと教えられて育った。そして追いオイル。途中べたつくやつがサクッとなる。母のチヂミには時々味噌が入っていた。懐かしい。

図書館へ行った。白泉社「イギリスのお話はおいしい。」は閉庫なのでカウンターで願い出る必要があった。この本には続編もある。確か続編だけ本棚にあった時代もあった。調べてみるとどちらも今はしまいこまれていた。

カウンターで名前を呼ばれたので名乗り出ると申し訳ない、現在続編は無いと言われる。お姉さんが言うにはどうやら書庫内で迷子になったらしい。紛失ですか。「イギリスの」は続編のお料理編がむしろ読みたかった。わたしはがっかりが隠せない。

長女は調べ物がある、4階で専門書を見てくると言って行ってしまったきりなかなかに戻らない。わたしは児童書エリアで5歳と本を見る。ふと思い立ち検索機であれこれ本を探した。高橋健二という人が書いた「ハイジ」の評論を発見。これも閉庫。カウンターへ。

るんるんで児童書のソファに戻ると赤ん坊を胸のところに前おんぶした見知らぬ若い女性がわたしの借りた「イギリスのお話はおいしい。」をぱらぱらとやっていた。それ面白いでしょう。わたしから声を掛けた。彼女は今日小児科で赤ん坊の卵アレルギーが発覚した、この先おやつを手作りせねばならない、何かそういう本を探しに来たのだという。なにかいっぱいの水がコップの淵からこぼれ落ちるような口調だった。

憂いに沈む彼女に慰めの言葉はないかとわたしが口をもぐもぐとやっているところへ先ほどのカウンターのお姉さんがいそいそとやってきた。手には「イギリスの」の続編を持っている。

○○さん〜、ありました〜、よーく探したらあったんです〜。お姉さんは嬉しそうだ。わたしも大喜び。なんだ〜やだ、あったんじゃ〜ん。一緒にはしゃぐ。は?紛失?もう一度よく探して。あり得ない。管理がなってない。がっかりの余りわたしはお姉さんをさっきは困らせてしまったことを少しだけ反省した。

お姉さんが帰ってしまうと若い女性はあらためて「イギリスの」を手に取り喰いいるように見始めた。‥‥アレルギーの離乳食の本なら沢山あっちにあったよ。これはイギリスの不味いやつがいっぱいの本だからさ。わたしが本を引っ込めようとすると、あの〜これはなんですか?彼女が尋ねる。これ?ショートブレッドショートブレッドって知らない?

卵?入れない入れない。そう、入れなくても作れるよ。え?不味くないよ。そう、まあこれは美味しいの。うん、出来る。でーきーる。あ、離乳食にバターはまだ早いか。わたしは微笑んだ。カウンターのお姉さんも微笑んでいた。

夕方またチヂミを焼く。ギューギューと力を込めて生地を押す。世界中のどこにこんなに押す食べ物があるだろうか。押せと言われて焼き続けてきたけれど、ひょっとしてわたしの知らないどこか幸福な家族の台所ではチヂミはふんわり素敵に優しく焼き上げたりしてたりして。わたしはそんな疑惑に包まれながらもチヂミを押す。

わたしは図書館で出会った若い女性のことを思い出していた。

わたしのレシピならあの赤ん坊はチヂミを食べられるよなあ。

いや、離乳食にチヂミはないから。パトリックが言う。

確かに。

わたしとパトリックは押すのを辞めてオイルが弾けるバチバチを聴いていた。