スピッツ「冷たい頬」

天気が良いが風が冷たい。春先に吹く強い風が吹いている。肩をすぼめて向かい風を進む。遥か遠くで揺らめいて霞む陽気を吹き飛ばすかのような強風だった。曖昧で不確かなものを露わにする強風だった。

DIDに限らない。誰しも調子の悪い季節というものがあるだろう。精神病患者が春先に不安定になるのは定番だ。DIDに限って言えば不安定こそが突破口である。

脳内人格数が多ければ多いほど印象に残るエピソードは多い。書くことで区切る。区切ることで出来事を記号化する。大げさかもしれないが強い悲しみややり切れなさを有機的なベクトルに変換する。取り出して戻す。

京都に冷やしあめというものがある。あめではあるが飴玉ではない。屋台のおじさんに小銭を渡すとグラスに薄い褐色の液体をついでくれる。甘くて冷たい生姜の味のジュースである。

盆暮れ大人たちがいく日も飲んだくれている間、子どもたちは普通は放って置かれた。その年の夏、京都で葬式があった。葬式の儀式に参列した記憶はないから初盆のようなものだったのかもしれない。いつもの法事とは異なりわたしは兄や弟とは別にされ、知らない誰かの家で法事のあいだの数日を過ごした。わたしはもうそのとき中学生だったか。いや小学生だったか。遠縁にあたるその家族には女の子がひとり居て滞在中彼女はわたしを京都の下町に案内してくれた。

最初の夕ご飯の時、わたしと彼女は赤ん坊の時にも会っていたのだと大人の誰かが言った。私たちは顔を見合わせた。わたしが生まれた時わたしの一家はホームレスであったが彼女の一家もまたそうであったという。彼女はわたしを見て親しみ深く微笑んだ。食事のあと彼女の部屋にわたしは自分の荷物を運んだ。

小さな川にボロボロの橋が掛かっていた。彼女が先を歩く。角を曲がると銭湯があった。昼を過ぎたばかりの時刻で銭湯は清掃中。彼女がわたしを清掃中のおじさんに紹介した。明日またおいで。おじさんは微笑んだ。痩せた背の低い男の人だった。わたしたちは走った。彼女はわたしよりひとつかふたつ下だった。プール行こうか。水着無い。わたしたちは快活に話していた。

夕方は狭い路地を歩いた。両脇には旧家が続いている。はい。彼女がわたしに一杯の冷やしあめを差し出す。わたしたちは仲良く公園で座る。ブランコが揺れた。わたしはその日そこで失神した。それを覚えている。子ども時代のわたしは同年代の子どもが酷く苦手だった。失神したのではなくおそらく人格交代したのだろう。彼女とふたり手をつなぎ歩いた。わたしたちは互いの瞳を覗き込みくすくすと笑った。親密に耐えられないわたしはその辺りでスイッチしたに違いない。

彼女は夏の記憶ではなかったか。春先に彼女を思い出したのは何故なのか。

初めて出会った夏以来、わたしは彼女と文通を続けていた。ある時父が言った。今度手紙が来たら教えろよ。なんで。

父がわたしに説明をする。逃げた。彼女の一家は多額の借金を抱え、それを払わないで今逃げ続けているという。借りて返さないことがあってはならない、そんな恩人を裏切った彼女の父親は父曰く生きて京都には戻れない。妻や娘であれば捕まればおそらく風俗で働くかして借金を背負わねばならない。

わたしは呆然とした。

家を飛び出して冷たい風の中を彼女を想いながら歩いた。遠くの山を見た。向かい風に顔を晒していつまでも考えた。

春だった。強い風が吹いていた。あの冷やしあめの路地裏と清掃中の銭湯と公園のブランコ。将来のユメが書き連ねられた手紙。

わたしは吐き気を催した。強過ぎるこの風が不愉快でならない。今ごろ彼女の町にもこの風が行き過ぎているはずだ。どうやって今を生きていたとしても構わない。逃げろ。逃げ続けて生き延びろ。わたしは風にあらがい立ち尽くした。

また今年も春が来た。彼女とはその後会うことは無かった。彼女のことは忘れられない。無理して忘れなくてもいいんだよ。パトリックが言う。

記憶のタグは風。

記憶のタグは春。