わたしはいつ何時でも筆箱を持ち歩く。七つ道具はその中にしまいこむ。
0.3のシャープペンと消しゴム。もう15年も使っているパイロットの500円の極細万年筆。フリーペーパーやレシートを貼るためのハサミとスティック糊。小さな定規、付箋。そしてパンにクープを入れる時に使っている無印のカッターナイフ。そんな物たちが入っている。
昨日空港の搭乗ゲートで係りのお兄さんがわたしに丁寧にお辞儀をした。なんだろうと思ったらカッターナイフだった。荷物の中身を映すレントゲンのような機械でどうやらカッターナイフ発覚。ちょっとすみません、筆箱の中身を確認していいですか。それにしてもお兄さん満面の笑顔。爽やか系だ。
お兄さんが筆箱の中身をジャーとトレーに空ける。自分でも自分の筆箱の中にこれほどのものが入っていたことに驚く。シャープの替え芯なんかは4つも5つもゴロゴロ。2Hから2Bまで、ちょっとしたコレクションだ。もしも芯が無くなったらという不安が常にあるようだ。
これはハサミですか?無印のペン型ハサミ。お兄さんよく知ってるね。これコンパクトでしかもよく切れるのよ。わたしは黙ってうなづく。
状況を察した長女が言った。見送りの家族に家に持ち帰ってもらいます、あそこにいます。ゲートの外を指差した。そこでは婿がやはり心配そうにこっちを見ていた。お兄さんからカッターナイフを手渡されたココリコ田中似の婿が険しい表情でゲート内のわたしを睨む。わたしは小さく手を振った。
搭乗口で搭乗アナウンスを待つ。なんでカッターナイフなんか持って来てんのよと長女は不機嫌だ。だってあれ無いとクープ入れられん。
マミちゃん危険物機内に持ち込んじゃダメだよ!5歳まで言う。声が大きいよ。
ハサミは機内で振り回さない約束で返してもらった。振り回したりしないさ無印のハサミ、いいハサミさ。
ジェットスターで1時間半、そののち新千歳空港から南千歳駅、特急北斗12号に乗り込んだ。室蘭を過ぎ、長万部を過ぎた。その辺りからわたしは落ち着かない。鷲ノ巣駅が見たいのだ。
北斗12号は混んでいて指定席は通路を挟んでの並びしか取れなかった。わたしは少し離れた席に座る長女に鷲ノ巣駅は海側か山側かと尋ねた。さあ、どっちだったかな。長女は海側の窓の方を見た。
鷲ノ巣駅見たいなあ。鷲ノ巣駅やっぱ明日もう一度鈍行で行こうかな。写真撮りたいな。あたしそのために北海道来たんだよ。
黒岩駅。わたしは山側の窓に釘付けなのだがわたしと車窓のあいだには出張帰り風の中年男性が座っている。わたしは先ほどから男性の横顔を熱く見つめているのていだった。
その時北斗12号が駅を過ぎた。一瞬だった。
あっ!
わたしが小さく声を上げると男性はわたしの方を振り向いて山崎ですよ、小声で言う。
あー、山崎駅か。わたしは微笑む。男性はシートの網に挟まっているフリーペーパーをぱらぱら、路線図を示し、鷲ノ巣は次ですと言った。
わたしは男性に海側か山側かを尋ねた。いや僕もそれはわからない。男性が言った。
あのね、鷲ノ巣駅っていうのはね、小さな掘っ建て小屋の無人駅なんです。わたしは簡単な説明をする。もし男性が地元の人ならばきっともっと情報を持っているかもしれない。
そうなんですか。男性は再び路線図に目を落とした。どうやら彼は地元民ではないようだ。
あ!
声を上げたのは長女だった。長女の膝の5歳も思わず海側の窓を見た。
ママ、あった!あったよ!さっき!見た!あたし見た!
長女は興奮して収まらない。
わたしと男性は顔を見合わせた。
長女はこの町で5年半を過ごした。出産、子育て。5歳にはここは故郷。
北斗12号は八雲についた。駅を降りると友人が出迎えてくれていた。
翌朝ジョギング。ユーラップ川を下り5号線を渡り海へ出る。
5時。
美しい北海道サンライズである。