北海道旅行③風のガーデン

北海道の方言でドンゲという。イタドリのことだ。今北海道の道端にはイタドリがぐんぐん伸びる。1mをゆうに超え群生する。本州のイタドリよりみずみずしく柔らかそうな茎を眺めては食べられないかなあと考えたりする。

北海道最終日は新札幌泊。今日は北海道開拓の村へ行く。フライトは夕方だ。

昨日友人が早起きしておにぎりを沢山作ってくれた。昨日は昼ごはんも夕ごはんもそのおにぎりを美味しく食べた。友人とわたしたちは連日日付けが代わるまで飲んでいた。いつもなら何かおかずも作るんだけどさ。友人が笑う。

友人と別れ、小樽行きの鈍行に乗りおにぎりの箱を開けると卵焼きが1列並んでいる。無人駅で電車を出迎えるイタドリの群生を見ながらわたしは卵焼きをぱくりと食べた。甘過ぎなくてそれが美味しいのがなんだか哀しい。旅はやがて終わるのだ。

友人と飲んで中井貴一で盛り上がった。中井貴一いいよね。うん、なんだろね、なんでいいかね。「壬生義士伝」観た?知らない。「ヒーロー特別編」。いやあたしキムタク嫌いだもん。なによ、じゃなに観たのよ。わたしが尋ねると友人は「風のガーデン」と言った。

あー。

あたしは沈黙した。

わたしは癌の友人のことを考えていたのだが友人はどうやら違ったらしい。彼女とは付き合いこそ長いがそれぞれの生い立ちがどうの、家族がどうのと身の上話をすることはお互い一切無い。彼女は冷たい日本酒をひとくちぐいと飲んで笑顔、遠くを見て話を始めた。それは不倫をして町を出て行ったという次女のことだった。今は離れた町、どうやら北海道の何処かで幸せに暮らしているのだという。

小さな田舎町だから数年は風評は厳しく彼女にもそれは堪えたようだ。会って無いの?うん。1度も?うん。ぐいっ。彼女はまたひとくち冷酒を飲んだ。

瓶が空になり彼女が流し台の下から青い冷酒のボトルを出してプシュっと開けた。我々はダイニングテーブルで飲むのが習わしだ。

今年になりびっくりするようなことがあった。小学6年生の孫が独りで電車で彼女の家を訪ねて来たという。孫は一週間彼女の家に滞在した。

僕ね、お母さんとこの通りを車で走ったよって孫が言ったのさ。へぇー、じゃあ来たんだ、娘さんこの家の前まで。うん。

彼女はそれから長く沈黙した。わたしは再び中井貴一で盛り上がる。真面目。ああそうだね。控えめ。ああ。わたしは尋ねた。数年前に亡くなったらしい彼女のご主人は中井貴一似ではなかったか。似てないわよ全然。彼女は目を閉じた。長い時間がたって友人は口を開いた。孫が言ったのだと言う。お母さん癌になっちゃったよ、もうリンパに転移してる、ねぇお母さんはどうしておばあちゃんと会わないの?5歳を寝かしつけ飲み会に参加していたわたしの長女がテーブルから立ち上がり寝るわと言って退室した。わたしも退室した方がいいのか。友人はさして辛そうな表情でもなかったが我々は黙って飲み続けた。

死ねばいいんだよ。

友人が言った。

わたしは咄嗟にもぐもぐととりとめない戯言を沢山並べる。言わずには居られない。会いたいんでしょ。わたしは詰め寄る。わたしたちはだいぶ酔っていた。その時一旦寝ると言った長女が戻って来て言った。

わたしの父中井貴一そっくりですよ。

おいおい。このタイミングでか。酔ってんのか。

昨日友人は入場券を買いホームまで見送ってくれた。また会おうね。うん。

今度中井貴一連れておいでよ。友人が微笑む。

わたしは泣きそうだった。いや、どうかな、うん、聴いてみるよ。わたしは挨拶もそそくさと電車に乗り込んだ。シートに荷物を置く。窓の外では長女と友人が何か話していた。

わたしたちに苦しみがあるのは何故か。イタドリを見ながらわたしは考える。わたしたちの「風のガーデン」はけしてイングリッシュガーデンのようなこ綺麗な庭ではないがその時海から吹く風が渡ってイタドリの葉を大きく揺すった。