fridayusaoのブログ〜丘の上から

統合失調症でDID、読書と音楽鑑賞の日々の徒然。

多重人格NOTE その6 除反応〜サーフィン・サファリ

幻視と幻覚の違いはなんだろう。

統合失調症もDIDも今そこに現実には居ない誰かの姿が視える。ただ姿が視えるだけ。それからその誰かが自分に何か訴えてくる感じがあって見ただけで酷く動揺する。幻視とは前者、幻覚は後者と言える。

この二つの脳の症状はわたしの場合はランダムに起きる。

診断されて治療が初まった年、2000年をわたしにとってのDID元年とするならB.C.DIDでは幻視はあっても幻覚はほとんどなかった。幻覚、つまり架空のお友達がセルフコントロールの枠を超えてわたしの生活を乱しはじめた(厳密にはそんなのはお友達じゃないんだけどさ)のはA.D.DID、つまり精神科治療が始まったあとである。

テレビドラマではDIDは人格交代がとかくピックアップされるがわたしの場合それほどドラマチックなスイッチングは滅多に起こらない。おそらくDID歴が長いため、他人にDIDであることがバレないよう、わたしはそうした技に長けているのだろうか。

DIDは脳内の城壁の東西南北に強固な人々を配置して様々な出来事に対処して進む。usaoは因数分解やピアノ演奏や調理を担当したし、elleは筋力と気力の限界を超えて思春期のわたしを不眠不休で動かした。fridayは良心ロボット。野心と物欲をガソリンにして恐ろしく合理化された思考回路で突き進むわたしに彼の警告の言葉はF分の1揺らぎをもたらした。わたしは殺人や窃盗を幾度も寸止めしている。

DID元年わたしは夜間に中年男性の人格を表面化させて主人に暴行した。その夜fridayは何故スイッチングを阻止出来なかったのか。fridayは子どもだが強い力を持つ。人の良心が最も力を持つ時代は子ども時代である。

目を閉じて考えるのだ。

あの日、夫が妻にボコボコにされたと内科の主治医に訴えた日のその数日前にわたしは自宅の門付近でチンピラ風の男を視た。幻視だった。わたしにそれが幻視であった理由はたったひとつ。わたしはその男を過去によく知っていた。そしてそれが幻覚でない証拠にわたしはその男の姿に動揺することはなかった。左後方に彼の視線を感じながらも淡々と庭の草を引き続けた。

夫が妻にボコボコにされたと訴えた診察のあと(‥‥人生で一度でも夫をボコボコにするならそれは一生ついて回ります)わたしは男の姿に怯えはじめた。幻視が幻覚に変容したのだ。襲い来る恐怖心で瞬間全身の毛細血管が膨張した。逃げなければならぬと辺りを見回し統制を失った四肢が激しくジタバタして止まらない。診察を終えてなお勢いを増してゆく不穏感。メジャートランキライザーを処方されたわたしは脳内を塗りつぶして眠った。その様子は統合失調症の被害妄想パニックと同一だと言える。

DIDの治療に除反応がある。簡単に言えば辛かった記憶を取り出して整理することだ。

しかし除反応は当事者にはひどくしんどい時間だ。

子どもの貴女が耐えられたのですから大人になった今、それを克服する力は既にあるのです。

専門書にはこの手の記述がよくある。

克服する力?

elleならば口を尖らせ腕組みをし、鼻で笑うだろうな。わたしはこれまで何度か強い除反応をやり過ごした経験があるが人は恐怖や絶望に耐えられるようには作られてはいないとその度に確信したものだ。

チンピラ男はわたしに性的虐待を加えた男ではない。両親の喫茶店のカウンターの常連でテキ屋、わたしはその日14歳、手伝わないかと誘われていた。男は微笑む。マミちゃんバイトしないか、町から町、祭から祭。男は駄菓子を売り歩いていた。わたしは猛烈に付いて行きたかった。大好きだったのだ。そのチンピラのおっちゃんがね。

わたしが除反応を必要とする記憶それは複雑で物事の表裏が酷く混乱した記憶である。道徳觀念の反転した定義不能な記憶だ。愛着関係を培っていた養育者からの支配力よる虐待。はたして何処からが世話で何処からが暴力なのか。生まれながらに暴力に慣らされ快楽の法則性を見出せない狂った子ども脳は愛と命をなけなしの本能で護った。わたしの良心が貞操を捧げ物とする。肉体を滅ぼし自尊心を失いながらも歯を食いしばって毎日を生き長らえた。

そうした記憶までの道のりの準備段階としてカウンターのテキ屋のおっちゃんが現れたのだろうか。虐待未満のほのぼのとした存在としての暴力だ。

容赦ない除反応こそ最も効果的なDIDの治療法だとわたしは思う。覚悟を決めたらメジャートランキライザーを離脱する必要がある。酩酊状態ではおうちに帰れないからだ。

わたしの本当の除反応はテキ屋のおっちゃんの幻覚の14年のちにやって来た。それはusaoもelleも呆然とするしかないような大きな高波だった。逃げないで向かっていく。バドリング。我々はサーフィンをするかのように、繰り返し訪れては我々を呑み込む絶望という波を不器用に足元に足元へと追いやった。

その時パトリックの声がした。

波はセットで来る。

勇気を出せ。

乗るんだ。

ビーチボーイズも歌っている。

サーフィンを習おうってね。

我々が高波に命を失わずに済んだのはパトリックのおかげだった。

だからつまり性懲りも無くわたしの脳は解離を辞めないってことなのかな。

お願いだからパトリックは消えないでずっと側に居てよね。

約束してよね。