木彫り熊紀行⑤〜クマのプーさん

今日は朝から一人で留守番なのでいろいろとやってみるが、とりあえずふらふらと庭を歩いた。狭い庭だが好きな植物をちょいちょい植えている。斑入りの垣通し。本当の名前はわからない。菊型で抜いた小さめのビスケットみたいな葉っぱが可愛くてとにかく眺めている。蔓を伸ばし、地面を這って広がって成長する。カキドオシグランドカバーにするのが長年の夢だったのだが割と簡単に叶った。

プランターにギッチリのパクチーをざっくりとハサミで刈り四角いバットに入れて流水で洗う。5cmに切り揃え、薄力粉と塩と水を混ぜて昼ごはんのチヂミを焼く。ケフィルに蜂蜜を垂らしてラッシーを作る。チヂミのタレには辛いのを2種類。コチュジャンベースとスリラチャベース。パクチーのチヂミは思ってたよりもパクチーパクチーしていない。もっとザクザク山盛りに入れればよかったかな〜。

昨日ブライアン・シブリー著「クマのプーさんの世界」を図書館で借りてきた。プーの本はこの他には子ども向けに書かれたお料理本を二冊持っている。

アーネスト・ハワード・シェパードの挿絵がいい。Ernest Howard Shepard(1879-1976)はイギリスの挿絵画家だ。

ブライアン・シブリーの本にアーネスト・ハワードのまだ見たことのない挿絵が沢山載っていた。ごく初期のスケッチなんかもあって嬉しい。クリストファー・ロビンは彼の息子のグレアムがモデルとなった。アーネストは子どもを描くのがたいへん好きだったらしい。

クマのプーさん」の作者、アラン・アレクサンダー・ミルンと挿絵画家のアーネスト・ハワード・シェパードはプーというクマのぬいぐるみの持つおかしさとユーモア、そしてその他のぬいぐるみたちと小さなひとりの男の子との気の利いたやりとりを紡ぎ出し、世界中にクマのプーさんという不思議な物語りを広めてしまった。

八雲の擬人化された木彫り熊と「クマのプーさん」を比較検討することをそれほど誤りとは考えない。どちらも大人の男たちによる作品であり、どちらもコンパニオンアニマルとしての熊、つまり人生には熊が必要なのだという証拠を示すものだ。

そんなこんなを沖縄の友人とメールでやり取りしたところ彼女は真剣に心配している。「マジでヒグマに会いに行くの?」「会ったらまず逃げろだよ」などと言う。

1914年カナダの獣医師がウィニーという名の一匹の雌の赤ちゃん熊をイギリスのロンドン動物園に連れ帰った。このウィニーは生肉よりもコンデンスミルクを好み、非常によく飼いならされており、子どもたちを背中に乗せることもあったとある。

1932年のA・A・ミルンの作品「クリストファー・ロビンの歌の本」の挿絵としてアーネスト・ハワードは幾つものこげ茶色をしたほぼ野生の熊を描いている。まだこの時は黄色いぬいぐるみのプーではなかった。挿絵のモデルはロンドン動物園にじっさいに居た子熊ウィニーで、クリストファー・ロビンがバックヤードでウィニーと触れ合うモノクロ写真が手元の資料にはある。

挿絵のウィニーはお座りをしたり首を傾げてクリストファー・ロビンを見たり、のそのそと四つ足で歩いたりしている。のちのクリストファー自身の回想によればこのウィニーは蜂蜜をそんなに好きではなかったらしい。

世界中の動物園では健康管理の一環として大型動物とのコミニュケーションをとる。曲芸をさせたり、物をとって来させたり、いろいろなことを動物にさせるのは客寄せのショータイムのためではないのだ。いざ病気になってから点滴をしようと近づいても容易に体に触らせてはくれない。大型動物のアクションは重量級で飼育係には常に命の危険が伴うのだ。

動物と仲良くなるためにはその動物の性質の特性を知ることである。熊はどうだろう。

八雲の雲八と磯子の子どもたちは関東のどの辺りの動物園に引き取られたのだろうか。

動物園巡りは悪くない。

檻に入れられてるから安全だからさ。パトリックは言いたいようだ。イライラした熊怖いぞ。

そうだよね〜。

でもやっぱり熊が好きなんだ〜。