fridayusaoのブログ〜丘の上から

統合失調症でDID、読書と音楽鑑賞の日々の徒然。

カフェ飯を食べました

パトリックです。今日は朝から雨です。

リビングのCDプレーヤーでは足立さつきがフォーレを歌いあげています。さっき覗いたら5歳が神妙な顔つきで聴き入っていましたね。赤い小さなマグカップを小さな両手で抱えるようにして持ち、冷たい牛乳をごくごく。フォーレを流しっぱなしで長女は家事に忙しい。

僕は自室でソファにだらしなく寝転がりながら雨音に耳を澄ませています。畑をやり出してからというもの雨降りがこれほど嬉しいものかと。あの可哀想に妙ちきりんな僕等の畑にも今頃はきっとふんだんに雨が降り注いで作物はそれなりに育っていく。たとえこれが酸性雨だとしても僕は嬉しいです。我々も相当に不完全な人生を育ちました。有害な雨風にこれでもかと晒されてもなんとか死なずに生き抜いてきたわけですからね。生きているだけで感謝ですよ。ちなみに僕の今日のBGMはこれです。いいからいいから。一回聴いて見てください。

http://youtu.be/GWDUnf9T5WA

さて、昨日カフェ飯なるものを食べました。

仲の良い友人からエラいことが起きたとメールがありまして一緒にご飯に行きました。友人というのは高校の同級生の一家です。まあ家族ぐるみの付き合いをしています。

タバコ嫌いの彼女のために、そしてシリアスな話であろうことを想定して静かで寛げるカフェに行ったわけですが昼時のいつものカフェ。イタリアで修行したバリスタは自家製の柔らかい丸いチャパタと美味しいスープ、ミラノのサラミのサラダ、そんなランチを作ることも出来る。そう出来るバリスタなんです。

何?何があった?出来るだけ小声で尋ねます。だがかえって響いてしまう。そんな店内で彼女は山盛りのサラダと格闘しながらポツリ、家出したのよと言いました。

家出?

聞けば大学4年の娘が3日間行方不明になっていたが月曜日の夜無事に帰ってきたと。

我々はカウンターでひそひそ話をしていたわけですがふと見れば小熊似のバリスタもちょっとこれはという表情でしたねぇ。

‥‥家出とかおかしいでしょ?僕は思わず言いました。だってもう大人なんだから、今日からわたし一人暮らししたいの、みたいな話は事前に無かったわけ?

うん。何にも。‥‥突然だよ。‥‥朝部屋に行ったら旅行バッグが無くなってて、‥‥きれいに方付いてて。メールしたら既読にはなるんだけど返事は無いのよ。

‥‥しかしなんで3日間なの?逆にさ、なんで帰って来たの?動転した僕は変なことを言ってしまいます。

大学をね、辞めたいらしいのよ。退学を許してくれるなら家に帰るってメールが来て。それで了解したら帰って来たの。彼女は大粒の涙をぽとりと落とした。

滅多に泣く人ではない。僕は尋ねました。貴女は大学を辞めて欲しくなかったの?

ううん、違うの、違うのよ。大学とかそんなものあたしはどうでもいいの。彼女はミラノのサラミとレタスに粉チーズが振りかけられた部分をパクりとひとくちで食べああ美味しいと言ってはまた涙を落とした。

彼女が話し始めた。彼女が20代の頃のことだ。ある日彼女のふたつ下の妹が突然消えたのだという。居なくなってしまったのだ。結局妹さんは3年後遠くの街のとあるパチンコ屋で元気に働いているところを近所の人に発見された。だがそののちも街に戻ることは無かったという。

なんで家出したのってあたしその時妹に聞いたの。そしたらわかんない突然出て行きたくなったから出て行った、それで街を出て行ったら思ってたよりも毎日が楽しくてもう帰りたいなんて思わなくなっちゃったって言ったの。彼女はセロリーとチキンとトマトがかたち無く崩れるほどに煮込まれたスープをすすりながら言った。

あたし帰って来た娘に聞いたの、大学辞めたいって普通に言えばよかったじゃないって。何も家出なんてしなくたって辞めさせてあげたのにって。

僕もよく知っている子だった。今時の女の子。年よりも若く見える22歳の女の子。アニメが好き。特にファンタジーが好き。真面目で成績も悪くない。親子の仲も普通に悪く普通に良い。まあ平凡な女子大生。

そうしたらさ、あの子やっぱり言ったの。なんか突然みんな辞めたくなって、出て行こうって思い付いて、それで荷物をまとめてバスに乗ったのって。彼女は一瞬笑ったような顔をしたが目の奥の方で泣いているような、深く悲しい表情だった。

その時に思い出したんだね、昔の、妹さんの家出を。僕は尋ねる。

彼女は小さく頷いた。

あたし怖かったなあ。妹が行方不明になってもうきっと死んでるなんて考えてね。いったいどこでどうやって死んだんだろうなんていつまでもいつまでも考えるのよ。頭から離れないのよ。

苦しかった?

ううん。なんかね、だんだん慣れていくの。あああの子死んだんだな、もうこの世に居ないんだなっていう、それが当たり前になってね。とっても悲しかったはずなのに慣れていくの。

孤独な感じ?

ううん。わたし居なくなった妹をね、心の何処かで理解しようとしてた。もう死んだかもしれなくてもさ、目の前に居ないってのにさ、気持ちをわかってあげたいって思うようになったの。3年て長いの。腹が立ったりしてたのに、ある日スーッと楽になって。

妹のことを忘れたとかそう言うんじゃ無いの。楽になった自分を今度は責め始めるの。楽になってそれからもっと苦しくなるの。

僕は彼女の肩に手を当てる。彼女はまた泣いた。

料理を食べ切った我々のテーブルにバリスタカプチーノを運んでくれた。僕の方は首がガクガクのスワンだったが彼女のラテアートは満面の笑顔をした猫で肉球まで付いている。彼女が小さく歓声を上げた。

ガクガクスワンは見た目よりも美味しかった。飲んだら消えるラテアートをどうして描くのだろうかと僕は毎回疑問に思うのだがこうして喜んでいる彼女を見ているとラテアートも悪くないなどと思った。

彼女はなかなかカプチーノを飲み始めない。

‥‥良かった。僕は言った。

生きてて良かった。

君も妹さんもさ。

僕の声が聞こえたのか聞こえなかったのか、彼女はそのあともしばらくラテアートを見続けていた。