診察日(2015年8月)

バイパスをひたすら北へ、それから今度は西へ。久しぶりに下道で行こう。今日突然工場が休みになった(本当?)という主人が車で病院まで運んでくれる。

ファミマでココナッツミルクのタピオカを買った。ひとくちも飲めない。不穏。

午後の予約診療。上手く話せるかどうかが心配でたまらない。いや上手く話せるなら治療の必要はないのだから。

国道はトラックと商用車でひしめいていた。ヨシズヤでトイレ休憩。フードコートのテーブルで診察用のメモ書きをしているとiphoneが鳴った。今どこ?主人だった。フードコートだよ。顔を上げると目の前に心配そうな顔の主人が居た。わたしが逃げ出すとでも思ったのかな?

名刺サイズの手作りメモ用紙に書いた項目。

1記憶喪失と北海道旅行

2ぎりぎりな感じ

3移住について

あってもなくてもいいようなメモは同じ内容でもう1枚書く。1枚は主治医用。

募金をお願いします。待合で24時間テレビの黄色いTシャツを着た男性に話しかけられる。何だか楽しそう。でもこの人きっと患者だな。

名前を呼ばれる。主治医は時間通りに部屋で待っていてくれた。懐かしい部屋。そしてこの人は懐かしい人。いや一ヶ月前にここで会ってるけど。主治医はわたしがいつか失ってしまったわたしが人間であることの証しを持つ数少ない隣人のひとり。

死なない約束。そうだった。そんな約束。もうダメだと思うことなんてこれまでだって何回もあった。

今僕メジャーリーグの歴史ってDVD観てんだけど昔アメリカには黒人だけの二グロリーグってのがあったんだってさ。

ふうん。

清宮君はすごいねぇ。

ふうん。いや高校野球全然観れなかったあたし。そんなにすごいの?

松井清原を超えたね。ねぇ小説書いたら?僕のこと書いていいよ。主人公は精神科医っていうのはどう?

わたしはようやく笑った。診察なんて言ってもただ他愛ない言葉を何十分も遣り取りするだけなのだ。

いいよ。書くよ。ラストで死んでもらおうかな。

主治医も笑った。

希死念慮が続く日々。ヤバいよ。自分を殺してしまいそうなんだよあたし。

そん時は先生、共犯者だよ。

‥‥それでいいよ。

嘘。大丈夫。頑張るから。こうやって生き続ける、の記録更新だから。あたし強くなっていくから。

わたしはお約束のハッタリをかます。

次回診の予約をして部屋を出る。会計。薬。待合で募金してくださいの男性に絡まれている主人を救い出して車に戻る。

わたしはすっかり温くなってしまったココナッツミルクタピオカの封をパチンと切った。

ねぇ、あたしと一緒にフランスのロンドンに渡米してくれる?

ようやく主人が笑った。

今月の診察日はこうして終わった。