ここに私がいることを人に語らないでくれと何度も約束をした それなのに、今その恩を忘れ、私を殺させようとしている おまえが溺れて死にかけたのを わたしが命を顧みず泳ぎついて助けたとき おまえはこの上なく喜んだことを覚えているのだろう。
目覚めた僕を男が見ていた。白い服を着て排尿バッグをぶら下げている。体格の良い、若い男だった。
「起き上がれますか。もうカテーテル抜きましたのでね。お手洗い、ここ、この扉ですから。よかったらね、シャワーもお使いくださいね。何かありましたら枕下の呼び出しボタンでナースコールしてくださいね」
ナースコール?
ここはどこだ。
「ねぇまれちょっお、ねぇ、あの」
おかしい。口が上手く動かない。僕は起き上がりベッドから降りた。歩こうとしたところで白い床が僕に迫って来て僕はゴロンと転がった。男が僕の左腕を取り僕を起こす。若い男は看護師だった。
「ポータブルトイレ持ってきます」
「そうだな」
もうひとりの男がくにゃくにゃする僕の身体を抱えるようにして起こした。僕は再びベッドへ戻った。
「光盛だよ、僕を思い出せるかい?ここは病院だよ。思い出せそうか」
「君は仕事中に診察室でトーシツの急性期症状を起こしたんだ。連絡を受けて僕がここへ運んできた」
トーシツだって?
「突然攻撃的になり、連合弛緩と妄想も見られた。せん妄状態だった。デポ注したよ。それからずっと眠ってたんだ」
僕はすごく驚いた。しかしなにも思い出せない。連れて来られた?
僕は再び身体を起こした。
「トイレか?」
「カルテを見たいのか。今はダメだ。君は僕を見てお前はだれだと怒鳴ったんだぞ。びっくりしたぞ。まあ覚えてないだろうがね」
「こんど暴れたらこの部屋を出なくてはならなくなる。わかるだろ。しかしこの部屋にも外から鍵が掛けてある」
「‥‥かのおは、かのおは」
「彼女は小路先生が担当することになったよ。君は疲れていたんだ。しばらくゆっくり休もう。僕は今日は暇なんだ。少しここに一緒にいてやろうか。それとも誰か会いたい人はいる?」
光盛医師は疲れきった表情で白衣をめくり上げスラックスのポケットに手を突っ込みベッドの脇に腰掛けた。
僕はまだ状況をなかなか飲み込めないでいた。診察室で彼女と会ったところまでは思い出せた。しかしそこから先は全く記憶がない。
「食べたいものがあれば運ばせるよ。君はもう3日もなにも食べてない」
そう言われて僕は空腹を感じた。
「‥‥あーもんおと、‥‥すおーんを」
「アーモンドとスコーンね。ウィルキンソンは?喉詰まるぞ」
光盛医師はようやく笑った。しかし僕は笑わなかった。