連載小説 小熊リーグ⑦

ベッドに横たわり呼吸する以外の仕事が何もない長い長い時間の静けさが僕をじわじわと変容させていった。

僕は投薬を素直に受け入れた。薬は一回分の服薬毎紙包みされている。

朝、看護師が薬を持ってくる。セロクエル100mg、デパケン200mg、エビリファイ6mg。それからこれはなんだ、僕は錠剤をひとつひとつ手にとってその種類と大きさを調べた。看護師が早く呑むようにとグラスの水を差し出した。僕は彼に片目をつぶって半笑いしてみせてから10以上はある粒つぶを一気に呑み込んだ。

「ねぇ、アーテンは入ってる?」僕は看護師に言った。看護師は僕を無視した。

僕の部屋は普通のビジネスホテルのツインくらいの広さがあり結構ゆったりしていた。昨日の夕方夕陽が差したからこっちが西。そして南にも窓がある。窓が多過ぎるせいなのか。寒い。ガチガチと身体が震える。

看護師の持ってきた毛布は薄手のウール地で高級そうなやつだった。僕は全身を毛布でくるんだ。しかし震えはなかなか止まらない。

死にたいか。

あの主治医の声が脳内で再生した。

自殺。

僕は考えた。そうだ、彼女は今どうして居るだろうか。小路先生とはうまく話せているだろうか。彼女の初めての自殺企図は14歳の夏。真夜中剃刀で手首を切った。

どうして人は手首を傷付けるのかな。僕が主治医となってからのODは2度。救急搬送された彼女。

僕はいつの間にか眠り込んでいた。

夢を見ていた。

アルコール?お酒飲んでるの?血圧。まずいなあ目、覚ますかね。消防士と看護師の雑談。

自分の悲鳴で目覚めた。そしてしばらくして僕はまた眠った。

入院中は日中も夜間も睡魔は止まなかった。夢の中では鮮やかなイメージが幾度も浮かんでは消えた。沢山の顔と声。男、女、大人、子ども。

寝てばかりの姿勢のせいで背中と手足の鈍痛が消えないのも辛い。時折自分が空中にぽっかり浮かんで居るかのような奇妙な感覚に襲われた。そんな時は自分の肉体が、まるで波打ち際をゆらゆら揺れて沈滞する屑のように感じた。目を閉じる。眠りに落ちる。遠ざかる意識の中、空っぽのプラスチック容器よろしく僕の身体は漣の波間を行きつ戻りつする。

夕方、西陽が部屋を照らす。夕焼けの熱が全てを正体なく熱くした。そうだ全てだ。この部屋の壁、椅子、ランプシェード、そしてベッドの上で頭からすっぽりと毛布を被っているこの僕の身体。焼けてしまいそうな西陽を浴びているにもかかわらず、僕は歯をガチガチ鳴らせて全身を震わせていた。

全てが錯綜していた。

死にたいか。

死にたいとは思わない。しかしここから逃れることが出来るのなら、それには死ぬしかないのだと説得されているのなら、僕は今ならそれも選択肢の一つと考えるかもしれなかった。

吸い込んだ息を吐ききるのと変わらない。

そうか、人はこんな風に死にたくなってしまうんだな。

消灯して暗いベッドの上で、僕は半笑いを浮かべていた。