連載小説 小熊リーグ⑬

「変わった人形ですね」

「お店の10周年にマスターにプレゼントしたの。クマはいろいろ彫るけどハツリは1番むつかしいわ」彼女は満面の笑顔で鼻の穴を膨らませた。

「貴女が作ったんですか?へぇー。こういうの初めて見ました」

「ここいい?」彼女はそう言うと僕の隣の椅子に腰掛けようとしたがカウンター席のシートは少し背が高かったのでよじ登る感じに座った。その時肩から下げていたヌメ革の大きなトートバッグがずれ落ちて逆さまになり、バッグの中身が殆ど床にこぼれ出てしまった。彼女はせっかく座ったカウンターチェアーからまたよいしょと苦労して降りてバッグの中身をひとつひとつ拾いはじめた。

僕はとっさに手伝おうと思ったが一瞬、女性の私物に手を触れることにためらいを感じ、結局その様子をずっと見ていた。

黒いエナメルの化粧ポーチ、茶色い手帳。小学生の弁当箱くらいはある透明の大きなペンケース。赤や緑の花柄の小さめのタオルと紫色の折りたたみの傘。なんだかわからない大小のプラスチックの四角い箱にはどれもクマのイラストが描いてあった。床を滑るように転げ出たのはいっぱいの書類で膨れたピンク色のファイルだ。そしてトートバッグからベロンと出ているのは朱色の無地の正絹の風呂敷のようだった。木で出来たクマのキーホルダーの付いた鍵の塊はちょっと遠くの方へ飛んでいっていた。こんなに沢山のものを鞄に入れて持ち歩いているのかと僕は感心してしまった。フロアーはさながらフリーマーケットのようになった。

僕は椅子から降りると僕の椅子のすぐ下に転がった一匹の茶色いクマのぬいぐるみを拾い上げた。そのクマはジャケットを着て革靴を履いていた。ジャケットはツイードのホームスパンだ。こんなジャケットは僕だって着たことがない。『ブルジョワだ』ウィルはそう言ってそのクマの顔をしげしげと見た。

女性がもう一度椅子によじ登り腰掛ける。マスターがこんどはちゃんと女性のバッグをしっかり引き上げてテーブルの上に置いた。

「ロビンっていうの。スコットランド人よ」

「熊じゃねえか」マスターが言った。「おまえいっぺん病院で診てもらえよ」

「うるさいわね。あなたに迷惑かけた?」

「俺の店へ来るたび鞄のガラクタ床にぶちまけんな」

「ガラクタって何よ」

「もめないでくださいよ」僕は笑った。