連載小説 小熊リーグ⑭

ハツリ。僕は白いクマの木の人形をもう一度手に取って眺めた。遠くからではわからなかったが長く見ていると突き出た耳や背中のこんもりした膨らみが巧みに彫られているのがわかる。クマは足のつま先を揃えていて何かを哀願しているようにも見えた。

「これはクマの様なんだけど、‥‥なんていうか人間みたいな、いや‥‥でも‥‥やっぱりクマなのかな」

女性は頷いた。マスターがテラス席から女性のドリンクをカウンターに一旦運んだがすっかり氷の溶けたグラスを見て黙ってそれを片付けてしまうとまだなんか飲むのかと女性に尋ねた。女性はいらないと言うように小さく頭を振った。

「熊が好きなんですか」僕は彼女に尋ねた。

「好きなんてもんじゃねえよ。こいつは世の中のゴタゴタはなんもかんもクマで解決出来るって考えてんだ」彼女ではなくマスターが答える。

彼女はおどけたように声を出さずに笑った。彼女の瞳が僕を捉えた。幼児のような疎らで短い睫毛が瞬き、深い口角とエクボとで余白のない白い頬はまるで人形のようだった。‥‥この人は一体何歳なんだろう。

「先生、見過ぎ見過ぎ」マスターが笑った。「長く見ると体に悪いから。こいつはそういう女だから」マスターの言葉がまるで聞こえないかのように彼女はまだ僕を見つめている。僕は心拍数が上がるのを感じた。

「ああ、すいません。入院してたもんですから、女性を見るの久しぶりで」

「入院て病気?」

「ええまあ」僕はうつむいてその先の説明をためらい唇を結んだ。

「人に言えない病気か?」女性がそう言ってまた僕の目を見た。

「おまえ銃で撃たれたいか。ちょっと黙っとけ」マスターが言う。

「いいんですよ、構わないんですよ。その通りなんです。人に言えないというか、まあ聞いた人がびっくりしちゃうのは仕方のない、そんな病気です」

彼女は鞄からスコットランド人のクマのぬいぐるみを取り出すと僕に差し出した。

「これ、よかったら持つ?」

僕はハツリを脇に置きスコットランド人のクマを受け取った。ツイードのジャケットは袖口にもきちんと小さいボタンが並んでいた。顔の中心寄りのふたつの黒い瞳は硝子玉だった。ウィルも黙って見ている。

「統合」

「ん?とうご?何?」彼女とマスターが僕の言葉を待っている。

統合失調症というんです」

『痛いよ』声が聞こえた。クマだった。スコットランド人のクマのロビンの声だった。僕は無意識にぬいぐるみのクマをぎゅうっと力を入れて持っていたのだ。

「ああ、ごめん!」咄嗟に僕は持っていたクマに謝った。

マスターが深く何度も頷いた。

彼女は唇を軽く噛んで鼻の穴を膨らました。