連載小説 小熊リーグ㉑

小路先生に小川先生に手紙を書きたいと言ったら書いてもいいよと言ったので書きます。先生が入院したと聞いてすごく驚きました。あの日診察室で先生がとつぜん怒鳴った時も本当にびっくりしました。小路先生によれば小川先生はたぶんそのことを思い出すことが出来ないと言っていました。

小路先生が今日から急に主治医が僕に変わることになってしまい申し訳ないと言いました。わたしはこれまで診察で小川先生に提出していたノートはどこにあるのだろうかと思い尋ねました。

小路先生はそのノートは今も小川先生が持っていて僕がそのノートを読むことはしないと言いました。

わたしは思いました。あのノートはとくに大切なことは書いてないノートだったけどやっぱりあれは小川先生に宛てて書いたものだから他の誰かに読まれるのはちょっと嫌だなって。だから小路先生がノートを読まないと知ってとても安心しました。

先生あのノートどうしましたか。好きな漫画の事とか、子ども動物園の山羊や兎の事とか。先生はわたしの書いた事をすごく覚えていてくれたでしょ。それすごく嬉しかった。

診察室でいつも黙っていてごめんなさい。

小川先生が発病したのはわたしの熊が小川先生の脳に引っ越しちゃったせいですかと聞きました。その事を尋ねることがなかなか出来なくて苦しくて苦しくてこころが辛かった。

わたしは縫いぐるみのウィルを焚き火で焼いて殺したということを小川先生にまだ話していませんでした。それなのに小川先生があの日わたしを怒鳴ったので本当にびっくりしました。

SF小説みたいな話。小川先生は焼き殺されたウィルの恨みをウィルの代わりに晴らしたのかな。

主治医になったばかりの小路先生に縫いぐるみのウィルの事を説明するのはすごく大変な事でした。だけどそれを説明しなければ小川先生に会わせてもらえないと思いました。

小川先生に会いたいです。

小川先生はわたしを解離性同一性障害だと言ったけれどわたしはまだ全然思えない。自分がこれまで不幸だったなんて。

この手紙を書き上げるのにとても時間がかかりました。書き上がった手紙を小路先生に読んでもらいました。この手紙のせいで小川先生の具合が悪くなったら困ると思いました。

小川先生これからも手紙を書いてもいいですか。書いた手紙はまず小路先生に読んでもらいます。

先生お薬ちゃんと飲んでくださいね。わたしは死にたくなったらリスカやアムカをするけれど小路先生が赤いマジックで手首や腕に線を描いてみたらと言ったので最近はそうしています。先生も試してください。

小路先生が小川先生はわたしの手紙に今すぐは返事は書けないだろうと言いました。いつか返事が来るかなと聞いたら来るかもしれないと言ったので嬉しかった。でも無理しないで。お願いです。自殺しないでください。

先生が怒鳴ったり泣き出したり泡を吹いたりして倒れた時は先生がこのまま死んじゃうんじゃないかと思って苦しかった。

先生、わたしいつかウィルに謝りたいけれどきっとウィルはわたしのことを許してはくれない。

では今日はこの辺で。わたし小路先生と仲良くなれるといいな。どうかお元気で。

小川先生へ

鳥山翔子

僕は手紙を読みながら泣いた。新海氏が貸してくれたハンカチで涙を拭いながらもう一度、そしてまた始めからもう一度彼女の手紙を読むうちに涙は止まった。

ウィルベアはむつかしい顔をしていた。ウィルドッグは伏せの姿勢で眠っているように見えた。

僕はもう彼女の主治医には戻れないだろうと確信していた。新海氏にそう告げると彼は小さく頷いた。

僕も彼女に会いたかった。とてもとても会いたかった。

面会時間の終わりが来て新海氏が帰ると僕は部屋に戻ってベッドに横になり目を閉じた。見ると僕の脳内の熱帯雨林のジャングルにあるへんてこなツリーハウスのテラスでごろごろするウィルたちの傍にひとりの女の子が立っている。女の子は彼女にそっくりの顔をしていたが年は9歳くらいに見えた。

ここは意外といいところだよ。

僕は彼女に話しかける。

彼女は恥ずかしそうに微笑んだ。