fridayusaoのブログ〜丘の上から

統合失調症でDID、読書と音楽鑑賞の日々の徒然。

スピッツ「不死身のヴィーナス」

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「お前を殺してやる」という手紙がポストに入っていたのは2000年の春のことだった。差出人の女性はわたしの占いの常連客であった。

わたしはその日のことを今も鮮明に覚えている。わたしはこんな手紙がくることを少し予感していた。そして彼女が車を飛ばして遥々ここまで来たこと、それなのにわたしには会わず玄関ポストに手紙を投函して帰って行ったこと、それを考えて心が苦しくなった。

彼女との出会いはわたしが駆け出しの占い師だったころである。生命保険の外交員をしていた彼女は事務所のイベントで占いをするわたしと出会う。以来彼女はリピーターのひとりとなった。

占い稼業はヤクザなもので不特定多数の人に会うという仕事の性質上それなりのリスクが伴った。リミットセッティングとしてわたしは自宅を教えなかったし、顧客と対応してくれる担当者を各方面に幾人かお願いしてあった。口コミというやつだ。

お金になりそうなリピーターには占い依頼をファクシミリで送信してもらう。商談成立の秘訣を助言願いたい、物件購入の日取りを決めて欲しい。この種の占いは西洋占星術で行った。ホロスコープはPCのソフトで作るが読み込むのは結構苦労だった。悩み事は一件幾ら、返事は封書で返した。

占い師の中には自宅を開放して「飛び込み」をしている人もいた。その時代のわたしの自宅はそうでなくともいろんな関係者が「飛び込み」をする場所だったからある時煮詰まってわたしたちは逃げるように転居をした。

わたしは占いを信じてはいなかった。あれは統計学である。そこには魔術もオカルトもない。だからわたしはわたしの家族を占うことはしなかった。未来は未知数です。占い師のわたしはよく言ったものだ。

話し相手が欲しい、誰にも言えないことをずっと抱えている‥‥。そんなクライアントは多かった。DV被害、覚醒剤、不倫、軽犯罪。わたしは知り合いに弁護士がおり、何かの折には相談をした。

わたしを殺すと脅かした彼女はわたしと同い年。可愛い人だったけれど彼女の人生は壮絶なもので、彼女は若い頃には売春をして捕まった。そのお咎めを終えてどうにか幸せな結婚をし、彼女は女の子を生む。ところがある日彼女は突然宅配便サービスの男性と駆け落ちをした。占い師のわたしにも予想できない展開だった。占いなんて当たらないのだ。

その宅配便サービスの男には家庭があり彼女はそれを知らないで何ヶ月も男に金を貢いでいたことが判明し、数十万円を騙し取られてのち疲れ切って自宅に帰った彼女は、考え抜いた挙句わたし宛に自殺予告をして来た。今から死にます。彼女からのファクシミリが流れる。ねえ彼女をどうやったら守れるの。弁護士はわたしに今すぐ家を訪ねよと言った。

わたしと夫は彼女の家まで車を飛ばす。一緒に暮らしている彼女の子はいったいどうしているだろう。彼女の家はベンチャーの社長をしている夫が建てた豪奢な一戸建て。全室に雨戸が建っている。わたしは家をひと回り雨戸を叩いて歩く。ねえ居るんでしょう、開けて。夫がわたしを制した。わたしは涙がこぼれた。馬鹿、死ぬな。こんなことくらいで死ぬな。わたしたちは連絡先の番号を書いたメモをドアに残して去った。

数日後彼女から電話、わたしたちはイタリアンレストランで会った。あたし今あの男の子どもを妊娠してるの。彼女が言った。あたし堕ろすのはいやなの。わたしは何度も言葉を飲み込む。これ以上彼女と関わり合いに成りたくはない。生むとか堕ろすとかは貴女が決めることだから。言えない。わたしは言葉を飲み込む。

ところがわたしは言った。生もうよ。

え。

生もうよ、生んだら?だって生みたいんでしょ。わたし手伝うよ、これからも一緒に居るよ、大丈夫わたしが側にいるから。わたしは泣きながら彼女の手を取った。彼女も泣いた。彼女の涙を見たのはそれが最初で最後だった。

彼女がその日のうちに堕胎したとわたしは彼女の夫から聞かされた。彼女は子どもを堕ろすことで全てを免罪され、元の鞘に納まることになっていたようだ。

数年が経ちわたしは占い師を辞めた。顧客全てに廃業の知らせを伝える。幾人かの担当者を通しての連絡作業は楽なものだった。彼女が突然家にやってきた。どうして辞めちゃうの?わたしは考えた。

あのね、占いをしてみたら占いを辞めた方がいいって出たの。へへへ。

彼女は笑った。そして言った。ねえでもわたしたち友達でしょ。

わたしは少し考えてから首を横に振った。友達じゃないよ。貴女はお客さんだから御免これっきり、もうここには来ないでね。‥‥突然のことで申し訳ありませんでした‥‥。当惑する彼女を遮るようにわたしはお辞儀をして玄関のドアを閉めた。

「お前を殺してやる」の手紙がポストに入っていたのはその翌日のことだ。手紙を読みわたしは訳もなく涙が出た。わたしはもうその時狂っていただろうか。わたしはまるでラブレターをもらったかのに嬉しかったのだ。

ふと見ると庭に彼女が立っている。幻覚だった。幻覚の彼女は穏やかに微笑んでこっちを見ていた。

ねえ、わたしを許してね。占い師だったわたしをいつか許してね。

あれからもう15年も過ぎたなんて。わたしは人混みで後ろから刺されたりということもなく今もまだのうのうと生きている。

http://youtu.be/4kD-Xzv-pIM スピッツ「不死身のヴィーナス」は彼女が好きだった曲である。