連載小説 小熊リーグ㊴

https://www.instagram.com/p/BBn006PFg8I/

「ご主人ですか?」

病院の廊下に呼び出された僕を待っていたのはスーツ姿の男女の2人組だった。女性の方が内ポケットから黒革の手帳サイズの警察バッジを手慣れた手付きで取り出し直ぐに仕舞った。

「なんのつもりですか?」

僕の背後から声を掛けたのは先ほど部屋でぐったりしている彼女を介抱して搬送先のこの病院まで僕たちを運んでくれた救急隊員の男性だった。

「少しお話しを聴くだけですよ」男性の警察官が言う。見るからに若い警察官のそれはあからさま年嵩の救急隊員を上から押さえつけるようなひとことだった。「大丈夫ですか?」救急隊員は僕を見た。なにがなんだかわからない。僕は小さく何度か頷いた。

僕は廊下に据えられたベンチに一緒に座るように促された。どうやら病院も許してはいない、そんな非公式な尋問だと、警察官たちは先ほどからヒソヒソとした話し方をしているということに僕はようやく気付いた。

「奥様の自殺未遂の件ですが幾つかお聞きしても宜しいでしょうか」男性の方がスケジュール帳のようなノートを取り出してメモを始めた。嫌な感じがして僕は男を顔をじっと見た。そうだ。こいつは報道関係者だ。

「TVのニュースにでもするんですか?」僕はつい口にした。夕べから一睡もしていなかったし、顔馴染みの救急隊員に侮蔑を向けたこの若造が気に入らなかった。

「奥様が言っていたと、ドクターが仰ってまして。ちょっとその件をお聞きしたいんです」

「なんのことですか」

「殺されると言っていたそうですね」女性は勝ち誇ったような顔をした。「自殺未遂は初めてではありませんね。記録によれば今月は2回、その前にもあったようですがそれはいつ頃だったか教えて頂けますか」

「何を聞きたいんです」挑発に乗るな、脳内で声がした。「僕が彼女を殺そうとしたとでも言うんですか。あんたたち他にすることがないのか。言っとくがプライバシーの侵害だ。個人情報だ。常識だろ。馬鹿野郎訴えるぞ!」僕は収まらなかった。

廊下の向こうから先ほどの救急隊員が水色のユニフォームを着たドクターを連れて走り寄って来た。「帰ってくれ!」ドクターがマスクを外して叫んだ。救急隊員が僕に駆け寄り肩を押さえた。そうしなければ僕は婦警に殴りかかっていた。「誰が許可したんだ。お前どっから入りやがった」

「生憎今日は別件で常駐してたの。ねえ、この人元精神科医なんでしょ。発病した精神科医って彼のことでしょ。患者と結婚したっていうのも本当だったのね」

「帰れ。お前が突いても何も出て来んぞ」ドクターは婦警と知り合いのようだった。「あたしだって徹夜で寝てないのよ。ちょっと確かめたかっただけよ。ふうん、そうか、こんな若い先生なんだ」婦警は僕を見た。救急隊員の腕に力が入る。僕は苛つきが高まり飛び出しそうだった。

「この人もここの病院の患者さんなんです。どうか控えてくださいませんか。奥さんが担ぎ込まれて大変なのがわからないんですか」救急隊員が諭すように言った。

僕は疲れていた。彼女の意識がたった今戻ったと救急隊員が教えてくれ、僕は救急隊員と鉄の扉を開けて治療室に歩きだした。

「殺されるって言ったってどういうこと。患者と結婚するなんて職権濫用だわ」婦警が僕の背中に声を掛けた。

幻聴で無い証拠にドクターが彼女を力づく黙らせたようだった。離して、あたしはケイサツよ、彼女の声が廊下に響いた。