神戸から四国へ、覚え書きなど⑵

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(マルバヤナギ やなぎ科)

癒しかなあ‥‥。宿のオーナーがそういいながら、iPhoneのラインスタンプのリスト画面を見せてくれた。ズラリ。オーナーが使用しているスタンプは全てくまモンであった。

翌朝わたしはベッドを片づけると早々にパブリックスペースで珈琲を飲んでいた。駅まで送るよ、とオーナーが出て来て声を掛けてくれた。助かります。お願いします。汽車に乗り遅れるのではという心配をしないで済むことにわたしは安心した。

貴女何してる人?熊?へえ。

僕にとっては熊は癒しかなあ‥‥。

オーナーは60代。アマチュア無線ショップを経営していたが時代と共にSoftBankショップへと移行した。そして昨年一切を廃業して敷地内にゲストハウスをオープンした。

趣味はヨット。ゲストハウスをオープンしてからは休暇が思うように取れない。船に乗れないのが寂しいとぼやく。

この宿ってお遍路さん来ますか?

来るよ。オーナーはそう言ってわたしを遍路さんがお札を貼るボードのところに連れて行ってくれる。遍路にも上級者がいてね、これはその人たちのお札。色付きのお札をオーナーは指した。

僕らは遍路さんをもてなすと弘法大師をもてなすことになるって教えられて育ってね。遍路を見たら声を掛けて車に乗せ宿まで送り届ける‥‥。

ああそれでわたしにも送迎を申し出てくれたのかと合点がいった。

もてなされて旅のペースが乱れるからと日没後にひとり歩く遍路もいるという。だけど夜国道をトボトボ歩いている遍路を見たら俺なら迷わず車に乗せるよ。

でもそれって誘拐になりませんか?わたしは不適切な言葉を発する。

ならないよ〜。オーナーは笑った。遍路をもてなすのは弘法大師さまをもてなすことなんだからさ。

わたしは少し迷ったが知り合いの若い女性の聾者がマイカーに聾者のステッカーを貼っていたがゆえに犯罪に巻き込まれそうになったことなどを簡単に話した。善意を装った悪行ははたして皆無なのか。

四国じゃそれはないと思う。オーナーはわたしの目を真っ直ぐに見てそう言った。四国ではというよりはこの人に限りそれはないということなのだろう。

少しの沈黙のあとオーナーは小型船舶の操縦についての説明を始めた。操舵ハンドルには2種類あること、救命胴衣の着衣は必須であること。何日も船で旅をする時もあるというオーナーに、それはヨットではなくクルーザーでは?と尋ねると、いやヨットなんだ、帆を張るんだ、と彼は朗らかに笑った。

時間が来た。船乗りナイスガイオーナーに駅まで送ってもらいお別れ。ここからは約5時間の高知までの汽車の旅である。分け入っても分け入っても、だ。

汽車が出るとわたしはミスチルの「クロスロード」を聴いた。

誰もが胸の奥に

秘めた迷いの中で

手にした温もりをそれぞれに抱きしめて‥‥

遍路たちの慚愧の旅路。この歌が人間の救済を歌っていると言ったら、いやそれは違うと桜井和寿は当惑するだろうか。

御利益有りき、手前勝手、自己満足なリア充レクリエーション感覚の若き遍路が最近は増えたとオーナーは苦笑していたな。

高知駅からは高知空港へとバスで移動。空港でのんびり文庫本を読み握り飯を食べた。まもなく搭乗。わたしは司牡丹のワンカップをプシュっと開けグッとやる。ほろ酔い加減で苦手な飛行機に乗り込む。再びミスチル。一周回って「イノセントワールド」。

旅客機は夜の街の真上を飛び続けていた。

窓から見える沢山の街の灯りを見ていたら不意に涙がこぼれる。

そうね、少し酔っていたのかも。