fridayusaoのブログ〜丘の上から

統合失調症でDID、読書と音楽鑑賞の日々の徒然。

Taraf de Haïdouks - "Clejani Love Song"

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https://youtu.be/PzrxvpG2_Sk

ジプシー関連の本を読み漁っている。ジプシーたちを謎めいていると美化したり、迫害されたマイノリティとして感情的な肩入れをする文献はなるべく避けている。 リヒャルトが熊を目撃観察した経路は今のところ3種類。1つはカール・ハーゲンベックに代表される生態学術施設としての動物園。王宮メナジェリーもこの中に含む。もう1つはサーカス団。これはれっきとしたドイツの商業施設であり動物たちの芸当の他に空中ブランコやピエロによる寸劇などで人々を楽しませた。

そして残る1つは間違いなくジプシーたちだ。リヒャルトは彼等の演奏に合わせて踊る二足歩行の熊を見たに違いない。

わたしはジプシーの正確な定義を知らない。映画や海外ドラマでときおり登場する彼等は自らを「ロマ」と呼ぶ。ジプシー、ツィゴイナー、ジンティ、トラヴェラー。彼等には自称他称を含む数多くの呼び名があるが、彼等をどう呼んでいいか、どの呼称がどんな意味合いを持つのかをヨーロッパ的な文化的背景を持たないわたしは全く知らない。

シュタイフのオフィシャル本にはフラシ天(毛足の長いビロード)の熊の着ぐるみに身を包んだ熊男とウルサリと呼ばれるジプシーの熊使いの扮装をした男性のツーショットモノクロ写真が一枚、小さく載せられていた。熊の着ぐるみがじっさいの熊の毛皮でないことは他の資料の写真と比較すれば簡単にわかる。

わたしは今シュタイフのオフィシャル本の翻訳を中断している。オフィシャル本はアニバーサリー要素が満載で正直飽きてきた。もちろんそれらは事実だが如何せんわたしの関心がシュタイフプロダクトデザイナー、リヒャルト・シュタイフではなく生きた熊そのものへと移ってきているのかもしれない。

このオフィシャル本のモノクロ写真のジプシーの熊使いは扮装で、着ぐるみ熊男かウルサリ男かおそらくそのどちらかがリヒャルト自身である。調査してみるとこの時代の一時期ジプシーたちはドイツ国内への侵入を制限されていた。彼等が著しく街の風紀を乱すこと、また疫病を媒介する危険があるという理由であった。

1895年のフランスでの調査によればジプシーたちは町々に停留しては執拗な物乞いや暴虐な振る舞いで市民を脅かしていたとある。「熊使いたちは熊を躍らせて人々を怖がらせ見物料を要求した」(創元社アンリエット・アセオ「ジプシーの謎」p88)とある。

この公文書はなかなかに疑問を抱かせる。ジプシーたちはじっさい強面の暴力集団だったのか。そうではなかった。ジプシーたちには常に音楽を奏でている演奏集団の一面があったようだ。1897年にはオーストリアの公爵令嬢がジプシーの音楽家と正式に結婚しているし、ハンガリーの民族舞踏やオーストリアのウインナワルツの起源をジプシー音楽とする専門家は今日少なくない。

歴史的故国を持たない少数民族、宗教的統率者としてのカリスマを持たず、定住することなく野営をしながら各地で多民族かつ多言語化していった謎の生活者たち。

熊を躍らせる裏技はそのリズミカルな音楽と、熱した鉄の板の上に子熊を撥ねさせることで虐待的反射運動で訓練したとある。熊たちは大人になっても彼等の音楽に従順に悲しいダンスをした。

ジプシーたちは熊を恐れたが恐れながらも共に旅をし続けた。何故だ。熊ダンスが見世物として有益だからという理由では余りにもリスクが高すぎないか。ジプシーの子どもたちの笑顔が可愛い。子どもたちが襲われるという不安はなかったのか。

ボリス・エーデルはライオン5頭を潰れかけたサーカス団から譲り受けたときに”猛獣使いになることをずっと夢見ていた。猛獣使いになりたかった”とドイツ人の猛獣使いに弟子入りし、虐待的手法で猛獣を手なづけていた当時のやり方に疑問を抱き、動物をよく出来たと褒めて撫でておやつを与えて調教するという、当時としては画期的な調教マニュアルをエーデルは完成させた。

ちなみに犬の唾液腺の生理的反射を発見したパブロフは同時代のロシア人である。

ひょっとしてさあ、パブロフってウルサリの熊ダンスめっちゃ見てたんじゃないかなあ。

ジプシー音楽はいまや社会的な地位を獲得した。しかし彼等の振る舞いは相変わらず奔放で堕落しているとされている。いつでもどこでも歌ったり踊ったりしてしまうのだ。

音楽というものはわたしにはじっさい怖い。リズムやメロディは記憶を想起させる一方記憶を鮮明に保つ玉手箱の役割りをする。

Facebookなんか見てると熊は音楽なしでも結構踊るのだ。熊というものは人間にとても関心を抱いている。子熊たちはきっとめちゃくちゃ楽しそうに踊ってる人間を見るのが大好きなんだろうなあ。だからたぶん熱い鉄の板なんかに載せなくても信頼関係を培えたならちゃんと踊りを覚えたんじゃないかなあ。

鉄の板に子熊を載せた人、誰?

あたし許さないからね!