クリープハイプ/百八円の恋

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http://youtu.be/DLJs3II1EZA

泣いている大人の男の人を見たのは久しぶりだった。昨日友人から電話。肺炎で救急搬送された息子へ着替えを届けたがなんだか様子がおかしいと言う。とにかく友人と入院中の息子さんを見舞う。

わたしが久しぶりだね、肺炎なんだってと声を掛けるも彼はわたしと目を合わせない。彼がこのわたしに会いたがっていると聞いて飛んで来た。いったい何があったのとわたしは強い口調で尋ねた。

ナースたちが俺を馬鹿にするんだ。彼が呟いた。わたしは状況が掴めない。‥‥リネン係の男が俺の点滴を勝手に取り替えようと考えてるんだ。俺は怖くなってナースコールしたんだよ、でも看護婦は全く取り合ってくれないんだ。

死んだような目をして友人がわたしをじっと見た。わたしも一瞬友人を見た。‥‥昨日も俺はこうやって同じ話をおふくろにしたんだよ、〇〇さん頼むから俺をここから連れ出してくれよ、この病院に居たら俺はもう殺されてしまうんだよ。

わたしは俯いた彼の頭部見てしばらく沈黙していたが、‥‥ねえ、ナースたちはあなたに隠れてあなたのことを何て言ってるのと思い切って尋ねてみた。彼は顔を真っ直ぐに上げわたしを見ながら言った。

あいつらはナースステーションで俺を笑ってるんだ、またあいつか、またあいつが変なことを言ってやがるって、‥‥昨日婦長みたいな看護婦が俺のことを怒ったんだ、‥‥もういい加減にしろってすごく怖い顔をして‥‥。

その時‥‥怖かった?わたしがそう尋ねると彼はその大柄な上半身を大きく揺すりながら声を詰まらせて哭きはじめた。友人が彼の肩を強く撫でた。‥‥わたしナースステーションへ行ってくる。わたしがそう言って立ち上がると彼がわたしの手首を掴んだ。

やめてくれ!お願いだからそれはやめてくれ!あいつらが本気で怒るとものすごく怖いんだ!わたしは大きく何度も頷いてわたし行かないよ大丈夫行かないよと椅子に腰かけた。そして友人がひっそりと病室を出て行った。

結局彼はその日の午後遅く緊急退院をした。友人が病院関係者とのミーティングと会計で忙しくしている間わたしは一階ロビーのベンチで彼と並んで座り、わたしは彼の話を延々と聞き続けた。

彼の父親は丁度彼の年に統合失調症を発病、入院中心筋梗塞で亡くなった。彼はそのときまだ小さな男の子だった。

わたしはiphoneで熊がバイクに乗る動画を再生して彼に観せた。サーカステントの照明が落とされ暗転したサークル内を熊はヘッドライトを頼りに器用にバイクを運転しつづけていた。彼を見る。ニヤリ。彼は笑っていた。わたしは咄嗟に涙が出そうになってぐっと堪えた。

ねえヒトって一日中何を考えるんだと思う?

さあ。

天気のこととか、ご飯のこととか、仕事のこととか、いろいろ考えるじゃん?

うん。

わたしは熊のこと。

熊?

うん。‥‥わたし熊のことばっか考えてるの。そうするとイヤーなこと忘れていられるから。

まさか〜そんな訳はないよ、そんなのは〇〇さんだけだよ。彼がそう言ってこんどは声を上げて笑った。

ふと見れば友人が会計カウンターから笑顔で手を振っている。わたしは手を振って返した。

ねえほらお母さんに手を振って。わたしがそう言うと彼は恥ずかしいよと笑った。

今日はずっとクリープハイプを聴いている。痛い痛い痛い。でもここに居たい生きていたい。わたしでも何かしてあげられることがあるかもしれないよ。

そんなことを夫に話したら夫が素晴らしい笑顔で笑ってくれた。