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fridayusaoのブログ〜丘の上から

統合失調症でDID、読書と音楽鑑賞の日々の徒然。

中山道〜草津宿の巻

https://www.instagram.com/p/BLNmEvih_aB/

草津宿

近江国栗太郡(滋賀県草津市)

海抜95m

本陣2 脇本陣4 旅篭屋132(最盛期)

草津という地名でまず連想するのは群馬県草津温泉だが中山道草津宿滋賀県の琵琶湖の下、南東にある。JR草津駅前の商店街を西へ進むと道なりに本陣がある。

草津宿は今は人気がない。本陣は敷地は広大で増改築を繰り返した建物は絢爛豪華であったがガイドさんは居ないようだった。日曜日などは違うのだろうか。

江戸時代のものと思われる「和紙に筆書き」の本陣平面図の展示。じっと見入る。フリーハンド風の図面が優しい。江戸時代関連の建物は古ければ古いほど価値があるとされている。この草津宿本陣の建物は最近になりそれほど古くないことが判明した。

重要文化財は入館料が取れるようであるが草津宿本陣はそうではない。国指定文化財。それでも入館料は必要であった。草津宿本陣は2つだが現存するのは片方のみ。脇本陣はひとつも残っていない。

草津宿脇本陣は永代世襲制ではなく、4つの脇本陣は申告制で、その年に繁栄し行状を善しとされた家屋敷の主が立候補をして任命されて務めるというシステムだった。

なんとなくの流れで本陣巡りふたつ目にして草津宿へ来てしまったが今思えば妻籠宿へ先に行っておいてよかった。妻籠宿では絣のモンペ姿でくるくるとよく動く若い女性が快活に本陣建物内部を説明してくれた。

上段の間に回りには幅一間の廊下がありお付きの侍が夜昼なく陣取って警護をしたこと。本陣内の雪隠は広々としており排泄物を調べて殿様の健康状態をチェックする医師が旅に同行したこと。土間を挟んだ向こう側は本陣世帯の住まいとなっていること。

草津宿本陣内を歩きつつ妻籠宿で聞いた流暢で何気ない説明の詳細が脳内で再生された。妻籠宿は写真取り放題であったが草津宿は撮影は禁止。禁止マークのない土間で一枚撮る。帰りに売店で図録を買った。1冊800円。安いのかな、高いのかな。

本陣はまだ妻籠宿しか知らない。妻籠宿本陣のことを思うと草津宿本陣はどこかしらセレブな高級会員制旅館の佇まい。妻籠宿では無かった「本陣賄」と呼ばれる夕食メニューのサンプルも展示されていた。

助郷と呼ばれる農民衆を圧迫した人馬勤めなど草津宿にはダークサイドも多い。最盛期には飯盛女は60人もいてきっちりと組織され保護されていた。もちろん非合法であった。

ところで草津宿中山道なのか東海道なのかという議論は今でもされている。中山道よりも一年先に東海道として制定されたので東海道だとする説ともともとの中山道(東山道)をそっくりそのまま流用したので道としては中山道であるという説。

織田信長豊臣秀吉草津を欲しがった。古来草津は伊勢道へと通じる分岐でもあった。西は琵琶湖水道の終点大津へと通じていた。

草津宿内の旅篭屋同士の客引き合戦が過ぎて度々お咎めがあった。飯盛女たちは小銭欲しさに派手な見繕いで宿場町を出ては近隣の村々で若い男子を誘惑し痴情事件を起こしたという。

かつては活気溢れた草津宿を今再び訪ねてみたい。

ガイドさん居ないのかなあ〜