小麦粉ごはん

「小麦粉ごはん」はキムアヤンという人の料理本である。キムアヤンは管理栄養士だ。他にも数冊本を書いているが、どれも一風変わっていてちょっと惹かれるものばかりだ。「小麦粉ごはん」は100ページにも満たない薄い本だ。

私の数少ない友人の1人に中国人のYちゃんがいる。私が小麦粉の何かを作ることに取り組み始めたのは彼女との出会いが大きい。Yちゃんは年齢は私の一個下か一個上だ。北京より少し北の町の出身で日本で夫と共に貿易会社を営んでいる。Yちゃんちのご飯はすごく美味しい。中華料理なのだが厳密には北京料理だ。八角や五香粉などハーブも沢山使うし、生パクチーもどっさりだ。私のお気に入りは肉まんや水餃子などの点心類だ。生地は熱湯で粉を溶いてあっという間に出来上がる。麺棒を使ってくるりくるりと丸く伸ばして行く。 Yちゃんのレシピは年季が入っていてすべてが目分量。私はそういう才覚が全く無いので早速小麦粉関連のレシピ本を探した。ウーウェン「北京小麦粉料理」や孫幼婷「幼婷さんの北京的点心」などは良く作ったものだ。

その頃私は発病して専業主婦だった。家族の日々のご飯も作らねばならない。小麦粉研究と日々の食卓はリンクした。主人はそうでも無かったが3人の娘達は私の作る小麦粉ごはんを「ちょっと不味いやつ」と呼んでいた。特に当時食物栄養科の大学生だった次女は、蒸したり焼いたりして作る私の小麦粉ごはんにたいてい興味深いコメントを述べた。もっとこうしたら美味しいのに。そんな感じのコメントなのだが、そこは譲れない。レシピ通り作っているのだ。北京の料理が不味いということではない。娘達は今でも私が作る小麦粉ごはんを美味しく食べては、あーこれあの不味いやつだね!と当時を懐かしむ。次女と2人で横浜の中華街に行ったときに食べた北京風のお店のお粥は絶品だった。次女はその後タイへ1ヶ月の一人旅をしたりしているからアジアの料理は大好物だ。では何故小麦粉ごはんは「ちょっと不味いやつ」なのか。

キムアヤン「小麦粉ごはん」p94にこんな一文がある。「へんに味付けしたり、リッチな配合にしたりすると結局おいしくないものになってしまう。小麦粉の味わいを生かすには、副材料を必要最小限に抑えなくてはいけないのかもしれない」要するにですね、私の作る小麦粉ごはんは中途半端なものだったのだね。確かにYちゃんの作る料理は油や小麦粉の風味が立っていた。Yちゃんは小麦粉にはこだわりがあり、ここと決めたメーカーの小麦粉しか使わなかった。 まあ、娘達にしてみればそれまでトンカツや唐揚げを作って食べさせていたのが、毎日のように蒸しパンや中華クレープのようなものを食べさせられるのだから本当にいい迷惑だったに違いない。私の香辛料の使い方が下手だったこともあるだろう。私は今でも時々娘達の誰がどのスパイスが苦手なのかを覚え切れておらず、たまに帰ってくる娘たちに怒られるのだ。娘達もひとりひとりスパイスの好みが微妙に異なっているからややこしい。 小麦粉研究は今も続いていて、数年前なんやかんやでスコットランドの料理を調べていた時、長谷川恭子「イギリス菓子のクラシックレシピから」という本に出会った。長谷川恭子さんはもう一冊イギリス料理の本も出していて、そっちがまたマニアックなやつで大好きなのだが、特筆すべきはこの「クラシックレシピ」p34のグリドルスコーンなのだ。少しの塩と砂糖以外は何も入れない。もちろん膨らませるためのベーキングパウダーはいれる。そしてwet素材(水分のことです)はバターミルクだ。バターミルクとはバターを作ったときに器に残る薄いミルクのことだ。牧場にでも行かなければそんなものは手に入らない。本ではヨーグルトを水で薄めるとある。 グリドルスコーンは美味しい。これこそが正統派のちょっと不味いやつだと私は確信している。キムアヤンも著書の中でこのグリドルスコーンそっくりのBPブレッドを載せている。 私が何かに対してこだわりを持ってしまうのはやっぱり脳の偏りのせいなのかもしれない。数年前に電話カウンセリングのドクターはアスペルガー症候群じゃないの?と言ったが、なんかもうこれ以上病名はいらないという気がしている。先着一名様の脳みそは何かにこだわり始めるととどまることを知らない。そしてそれはusaoという名の脳内人格であって、今ではコントロールが可能となっている。 娘達も主人も無理って感じのちょっと不味いやつにドイツのプンパニッケルというライ麦パンがある。私は絶対これこそ正統派のちょっと不味いやつだと、もう世界にはちょっと不味いやつが溢れてるんじゃないのと、わくわくしながら、スライスして冷凍してあるプンパニッケルを時々1人で食べている。プンパニッケル美味しいよね!ね!