声を聞かせて

快眠法を調べている。メラトニンってなんだろ。メラトニンが快眠には欠かせないらしい。メラトニンメラメラ。あー、どーすんだ、これメラトニンが気になって眠れないぞ!

3日前から眠剤を辞めた。寝付きはまあまあ良かったが数時間おきに目が覚める。夕べは一晩で4つの夢を見た。夢は疲れる。これなら起きてる方がよっぽど楽だ。昔3本立ての映画館があったな。暇な日にこの映画館に一日中座って、3本の洋画を2回づつ合計6本の映画を観たことがあった。確かダスティンホフマン特集だった。あの頃は私も若くてエネルギーに満ちていた。あんな事はもうできない。夢は一晩に2つまでにしてくれない?って誰にお願いすればいいの?

ちょっと迷ったけど今日も走った。4時50分頃サークルKの横で毛がもじゃもじゃの大きい白黒の犬に会う。なんとかシープドッグっていう犬。10分遅れても、10分早くてもいけないのだ。アスペな私は融通がきかないよ。朝はあの子に会わなければ。シープドッグ連れてるおじさんも時間厳守だよね。ひょっとしたらおじさんもアスペか?あのね、お年寄りっていうのは時間厳守なんだよ。

今朝走りながらSちゃんを思い出してた。Sちゃんとの出会いは18歳の夏。翌年の春から私は大学に復学してSちゃんはお店を辞めたから私たちが一緒に過ごしたのは半年あまりだった。私はSちゃんの事が好きだった。Sちゃんは私が初めて仲良くなった同い年の在日だった。

Sちゃんの第一印象は厚化粧だ。ヘアースタイルとかどんな服着てたとか思い出せない。Sちゃんの顔はいつも決め決めだった。仲良くなったある日、Sちゃんが、Mちゃん(私のことだ)これいいよ、とくれたのはセロテープだった。それは貼った上から字が書けるという特殊なセロテープだが、Sちゃんはそれを小さな半月に切り取って、私の瞼の上に器用にペタリと貼った。その上からアイラインやアイシャドウを思う存分塗るのがSちゃん流だ。出来上がった私の顔は驚くほどSちゃんに似ていたものだ。

ある日、Sちゃんは嫌がる私の耳たぶを摘み、今すぐピアスを開けようと決めた。どっから持って来たのか手には布団鈎を持っている。冷やせば痛くない、やるよ、Sちゃんは強引だ。私はSちゃんの目をじっと見た。Sちゃんの手が止まる。夏だしな、化膿するかもな。Sちゃんはあきらめた。私は大きく頷いた。Sちゃんは気を取り直して出前した伸びたラーメンを食べていたっけ。

Sちゃんは金持ちだった。Sちゃんの恋人はびっくりするほど年寄りだった。Sちゃんは彼氏から毎月20万円くらい貰っていた。いわゆる愛人というやつだ。働かなくてもいいやん、私は尋ねた。貯金してるんよ、Sちゃんは鼻を膨らませた。1度だけSちゃんの恋人のおじさんに会ったことがある。白いスーツを着ていた。エナメル靴。もしかして、もしかするのか?Sちゃんは真面目な顔で頷いた。Sちゃんの恋人は若い衆から親父さんと呼ばれていた。職業はヤクザだった。

Sちゃんは酔うと真面目な話をするという癖があった。あのな、Mちゃん、子ども堕す、これ一番やったらいかんこと。Sちゃんはその日同じ話を繰り返した。Sちゃんの瞳は大鍾乳洞の立ち入り禁止場所ように恐ろしくて深かった。私はSちゃんの側から離れなかった。何度も同じ話を聞いては頷く。Sちゃんの心はカラカラに乾いているのだ。初めて会った時からずっと変わらない。Sちゃんは本当はバリバリの硬派なのだ。Sちゃんの泣き顔を私は1度も見たことがない。

初めて2人でサウナに行った日のことを忘れない。化粧を落とした私たちの素顔はメイクしている時よりもずっと似ていた。おおー!私たちは鏡を見て声を上げた。アンタ誰? Sちゃんが言った。アンタこそ誰? 私も言った。その日から私たちは一層念入りに化粧をしたものだ。私たちすごく似てた。ちっさい目に低い鼻。私たち2人間違いなくブスだってことは全宇宙の秘密だ。

朝だというのに眠い。浅い睡眠でぐっすりと寝てないんだな。ロヒプノールが抜けるのに3日かかるらしい。今夜もやっぱり夢を見るのだろうか。それとも私はギブアップして眠剤を飲むかな?見たいのはSちゃんの夢。Sちゃん私は死ななかったよ。生きてるよ。

BigBang「声を聞かせて」。

疲れているのかな。なんか知らないけど泣けてくるよ。泣いた方がいいのか、Sちゃん。不安だ。離脱症状にはまだまだ早過ぎる。とりあえず昼寝しないように頑張ろう。