リッツカールトン

久々に走った。長女が一緒に走りたいという。朝5時、ショップでコツコツ買い集めた私のこだわりのランニングウェアを上から下までバッチリ決めて長女は玄関先でストレッチに余念がない。冬用は一揃いしか持ってないので私はあり合わせの登山ウェアとなった。

長女の家は郊外にあり、少し走ると目の前は山である。引越して何が良かったといって稜線を眺めながら走れることだ。途中腰に鈴を鳴らしながら走るランナーとすれ違う。頭にはベッドライトをつけていた。ひょっとしたら夜の山を下りて来たのかもしれない。

若い家族との暮らしはなかなか文化的だ。

台所ではエプロンなるものをつけよ、とすすめてくる。先日はどうしてママは美容院行かないの?としつこい。とうとうホットペッパーなるもので検索した近所の美容院へ行くことになった。

美容院の一押しヘアーは「モテ系」「愛され系」そして「憧れの外国人風」などとある。

ママはどれにする?長女はウキウキだ。

モテ系?愛され系ですと?わーお。‥‥もはやコメントする気すら起こらない。しかし憧れの外国人風とはなにごとっ。ニ、ニッポン人として恥ずかしくはないのかっ。

‥‥‥ママ韓国人じゃん。

いやいや、いやいやいや。待ていっ。

ジョギングはブスになると娘たちは声を揃える。汗を流すために洗髪は毎朝。しかも時短かつランニングコストを考えて、私は激安のリンスインシャンプーを使っている。もう何年も変わりばえのしない肩超えロング。しかも最近白髪が始まった。数ヶ月の走り込みで強靭に肉体を絞り込んだ効果もあり、気がつけば最もあかん感じの「落ち武者風」が板に付き久しい。

私は予約を入れた。

美容院はアットホームでいい感じだった。最後に美容院へ行かれたのはいつですか?いや、さあ、ちょっと忘れました。今日はどんな感じに?うーん、‥‥方向性定まってないんですよね。なかなか話しやすいお兄さんだ。私も正直に打ち明ける。じゃこのままで。とりあえず白髪染めましょうね。

お兄さんはすごく自然な感じに様々な話題を盛り込んで、なんとか話が弾む感じに持っていこうとするがうまくいかない。こっちははあ、とか、へー、とか、そんな言葉しかでない。

若年性脱毛症の原因は50種類もあるんですよ。

へー。たいへんだ。

大金持ちはシャンパン風呂に入るって聞いたことあります。

ふうーん。

しかしお兄さんの話で私が唯一食いついたのがリッツカールトンなのだ。

リッツカールトンというのは高級ホテルで一泊10万円以上するという。そしてお兄さんは一流のサービスを身を持って知る、そのための修行として妻と2人その大阪の高級ホテルに泊まったというのだ。

私はまたたくま頭の中がはてなでいっぱいとなった。

なんで?なんで?なんでそんな高いの?

サービスですよ‥‥‥。サービスが一流なんです。

ひとつ間違えば単なる自慢話になる話題だったがお兄さん、話術は巧みだ。地上34階のクラブラウンジ‥‥‥。何?何?何するの、そこ。

私は弾けた。

髪を乾かして巻き巻きしてもらい、ふと鏡を見ればあろうことか私は憧れの外国人風になっていた。でもそんなことはもうどうでもいい。それにちょっと嬉しかったし〜。

リッツカールトン。唸る。

泊まってみたいとは思わない。だけど世界にはお泊りするだけの場所に10万円も払う人間がいる。そのことにとにかく驚いたのだ。

どんな人が泊まるのか。なんのために泊まるのか。私はそれが聞きたくて聞きたくてあれこれ言葉を探した。しかし緊張が長く続いてもはや疲れきっていた。あーうまい言葉が出てこない。私は言った。

ねえ、平民でも泊まれるの?

おいおい!平民はないだろう!何時代だよ!自分で自分に声なき声で突っ込む私。お兄さんがさらりと言った。

僕ももちろん、平民、ですよ(笑)

あー、美容院ってエキサイティング!

また来ようっと。