北海道旅行②翼をください

お世話になっている友人宅のリビングにモーツァルトのCDがあったので聴いてみるとピアノやクラリネットなどどの曲も第二楽章だけが取り出され集められたちょっと変わったCDだった。

友人がわたしたちのために朝食にアスパラを炒めてくれている。このアスパラは取り立てで甘いと友人が言った。

昨日どうしても会わねばならないもうひとりの友人宅へ。火曜日に焼いたからもう5日もたっているライ麦パンを持って。

皮肉なものだ。わたしが長い病いの淵からようやく立ち直り広い空を苦手な飛行機でもう1度旅してみることを決意した時期に友人の癌は再発した。5年もおとなしくしていた癌だった。

1人暮らし。開け放した縁側から冷たい空気が吹き込んだ。髪をおかっぱに切り彼女は童女のようだった。疲れたと言って彼女はベッドに横になり目を閉じた。まだ帰らないでよ、貴女の話をさえぎるつもりはないのよ。弱々しい声で彼女は言う。歳はわたしのひとつ上、この冬に肺から始まった癌はあっという間に肝臓へ転移した。飲んでいる抗がん剤と合わないのだと、あんなに好きだったスパイスを一切除去した食べ物を摂っていると言う。これ旨いよとカボチャの種の乾かしたやつをわたしに手渡す。そのカボチャの種はほんのり甘く懐かしい昔のお菓子の味がした。

馬鹿ばなしもそこそこにわたしは黙る。こんなに弱ってしまった友人に何か出来ることはないか、何を言えば良いかがわからないのだ。わたしは間抜けで愚図で本物のトンチンカンだと自分を責めはじめていた。

すると友人が起き上がり小さな世界地図を広げてわたしに差し出しカンボジアと言った。わたしはここだよ、とカンボジアを指す。友人は微笑んだ。埃っぽいんでしょ。

ねぇあたしがカンボジアに住むなんてさ、ちょっと楽しくない?‥‥今の薬終わったらカンボジアに来るよね、あたし待ってるからさ。

友人は首を振って微笑んだ。あたしたちきっとそのうちに楽園で会える、そこであたしを待っててよ、友人はそう言うとわたしの手を取った。

わたしはとっさに手を振り切る。立ち上がりもう帰るわと玄関へと向かった。

泣いたりしてごめんと先に謝ったのはわたしだった。泣いたりしてごめんと友人も泣いた。

ひとり川沿いを歩きながらわたしは泣いた。立ち止まり空を見る。わたしは空の青を目に焼き付けた。写真にはけして映らない、遥かな上空の、気高くも透き通った青だった。