奇妙礼太郎「おおシャンゼリゼ」

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岐阜県下呂市というところにある白草山という山である。標高600メートルの林道脇の道路に車を路駐して三時間ほどで千メートル登った。圧倒的な山岳美である。

山頂で友人が携帯コンロでインスタントラーメンを作ってくれた。熱々のラーメンをすすりながら御嶽山を眺める。山頂に掛かる横長の雲が切れると、そこにはすうっと一筋、白い煙が上っていくのが見える。

わたしたち夫婦を山へ連れて行ってくれた友人は戦中の満州国生まれ。馬鹿話もいいかげん尽きたタイミングわたしは彼に尋ねた。これまでに生まれた土地を訪ねたことはある?ない。行きたい?そりゃ行きたいよ。

聞けば彼には双子の兄弟がいたが生後すぐに亡くなったという。引き上げてきた港は舞鶴。舞鶴には行った?行かないよ。彼が笑う。わたしは急こう配をあたふたと降りてゆく。

ゆっくりゆっくりだよ、登山は降りる時のほうが危険だからさ。登りは楽しいんだ。で、下りは結構辛いね。なんかもう歩くの飽きてくるっしょ。彼が言う。そうだねとわたし。俺もうなんだかいろんなこと全部飽きてきたなあ。ときどき思うんだよな。こうやって一歩一歩下りてくの面倒臭いやって。ひと思いにころころって転がって行けたら楽だよななんて。

全身をウレタン的な何かで簀巻きにする。誰かがときどき杖みたいなもので方向を正す。主人が「転がり落ちる案」を具体的に膨らます。血だらけだと大笑い。

友人が突然歌を歌い始めた。昔の歌。聴いたことのない歌だ。

誰だかわかるか。わかんなーい。

アキラだ。アキラ?アキラっつったら小林旭だろ。

小林旭のメドレーが心地よく森に響く。○○さん歌上手いな。きこり歌みたいだよ。この歌わかるか。友人はひときわ丁寧に歌い始めた。さあわかんない。舟木一夫だ。

わたしたちの登山道が終わり林道が始まった。舟木一夫って確か自殺したよね。いや死に損ねだ。友人がつぶやいた。

死に損ねだと。ベアのわたしは一目散林道を駆け降りる。待てこらと叫ぶ友人。主人の笑い声もだんだんと遠くなる。

森がわたしたちを包んでいた。