連載小説 小熊リーグ㉘

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新海氏の写真展にやって来る人々は若いアーチスト系の男女が多かった。ゲストノートに氏名を書く人がほとんどで、大半は新海氏の知り合いのようだった。

客が切れると僕はひとつひとつの写真の額を丹念に眺めた。それは山、湖、空、森といった風景写真だった。

やって来る人の中には彼が白黒写真を専門とすることを彼自身の色覚障害のためなのだとずけずけと指摘する人もいて、僕はそんな時その場に居合わせながらもなんと言っていいか分からず気を揉んだりした。

新海氏はそうかもしれませんねとやり過ごすこともあればそんなことは関係はないとやり返すこともあったりしたが統合失調症を含め彼の障害に触れる人はごく僅かの限られた人々だった。彼らは見た感じ病院関係者のようだった。

写真展の最終日、僕と新海氏は数人の彼のカメラマン仲間の若い人たちとでなかなかに手の掛かる写真の搬出を終え、すっかり空になり広々としたギャラリー内を見渡していた。さてこれからご飯でも食べに行こうかと話していたところへ彼女が現れた。

それはかつての僕のクライアントの鳥山翔子だった。紺色のダッフルコートに膝丈のキャメルのプリーツスカートにローファー。女子高生のような格好で僕はしばらくはそれが彼女だと気付くことが出来なかった。

彼女は酷く不安な表情で小さくお辞儀をした。

僕は戸惑いを隠せなかった。大学病院へ移り僕は幻覚や幻聴が頻繁になっていった。慢性的な軽い鬱状態が続いていた僕を新海氏が気分転換にと連れ出してくれたのだった。どっぷりと病人然として過ごす僕の日常はかつて彼女の主治医としてそれなりに威厳を示していたころの僕ではなかった。

彼女からの手紙はあの一通のみだったことも内心僕を安心させていた。今の僕には何ひとつ彼女にしてあげられることなどないのだ。自分の感情のコントロールに精一杯の無様な日常を彼女にだけは見られたくはないという見栄もあった。僕は助けを求めるかのように新海氏を呼んだ。

現役のケースワーカーをしている新海氏は脳の状態が良いとは言えない僕と彼女との接触をやはり懸念した様子でむつかしい顔をして僕を見た。ただならぬ雰囲気を察して手伝いに来ていたカメラマン仲間たちが次々と席を外してしまったので僕と新海氏と彼女とでとりあえずご飯でも食べようということになり、僕は彼女の傍に寄り添い彼女を外へと促し部屋を出て狭い階段を降りた。

「ずっと会いたかった」彼女の耳元でそう囁いたのは僕ではなくウィルベアだった。彼女は咄嗟に僕を見上げて微笑んだ。それは新海氏に気付かれることのない僕たちだけのやり取りだった。