Gは水泳部で幼馴染み、中学時代は何度か同じクラスになったりもした。家も近くて登下校も一緒だったがGは無骨で不器用、水泳を始めてからのGは益々無口になり早朝自宅周辺をランニングする姿をよく見かけた。
Gが水泳を始めた頃丁度わたしは日曜日の早朝に近所の教会へ礼拝に通い始めるようになる。冬になったばかりのまだ暗い朝、自転車をガタガタ走らせているとトレーニング中のGとすれ違う。片手を挙げて合図。わたしも手を振った。
その頃にはGの聴力がみるみる落ちていっていることをわたしは誰よりも早く気付いていた。
おはよう。
おあよお。
Gの日本語はずいぶん前から変だった。無口なGの難聴は長い間家族にも知られずにいた。
夏休み。大会を終えて日に焼けたGとクラスメートが何か話していた。するとGが突然叫び声を上げた。わたしは遠くからその様子を見ていた。独り歩き始めたGの背中はみるみる屈んでいった。もうその頃Gの聴力は殆ど失われていたようである。
しばらくしてGは学校へ全く来なくなり一ヶ月後Gが聾唖の学校へ転校したと担任がわたしたちに告げた。クラスメートの何人かはGが難聴であることすら気付かずに居たようだった。わたしはGが今何処で何をしているのかとその日からはあれこれと考えることがなくなってひと安心した。
近所の教会の早朝の礼拝でオルガンの伴奏をするようになったわたしはその教会の所属する修道女会への入会を考えるようになる。
ある日Gが早朝のトレーニングを再開した。わたしたちは再び挨拶を交わすようになった。わたしは嬉しかった。会わずに居たほんの数ヶ月間でGは背丈が伸びて大男になっていた。
ある日の日曜日、わたしは自転車を降りてGを待ち伏せ。その頃わたしの身辺は騒ついており、わたしはなんやかんやをGと分かち合いたかった。Gで無ければと思った。
暗い明け方の舗道を遠くから一直線Gが走ってくる。わたしは手を盛んに振る。Gのランニングを無理やり遮り、立ち止まるGにわたしはああでもないこうでもないと話し続けた。
するとGは笑った。Gは笑顔で覚えたての手話で謎めいた何かをわたしに告げるとすぐにその場を走り去った。
その朝の礼拝でわたしは哭きながらオルガンを弾いた。オルガンを弾きながら礼拝堂の床の幾何学模様を眺める。
伝わらないわたしの言葉。
わからないGの手話。
音の無い世界を泳ぎ続けるG。
笑顔のGをわたしは今もいつも忘れることは無い。Gの泳ぎは素晴らしいよ。それを忘れることは無い。