ぼんやりもしていられない。昼過ぎ福岡へ帰る新しい友人を見送る。
また会いましょう。是非。
何年前だろうか。三女が4歳だった。 わたしたちは家族五人で北九州市まで旅行をした。中国道を車で走り続けた。わたしも夫もドライブ中にガムを噛み過ぎて奥歯が虫歯になった。
名前を思い出せない。長い茶色い髪。白い頬。彼女は二十歳くらいだったか。近所に住む知り合いの姪御さんで普段は東京で父親とふたり弁当屋をしている。盆暮れにこっちへ帰るとうちへ顔を出す。
聞けば彼女は生後間も無く実母と死別し高校を出るまではうちの近所の彼女の母親の姉に当たる人の一家に養われていたという。引っ越してきて間もないわたしたちはそれを知らなかった。
当時借家の庭先で一匹の兎を飼っていた。初めて彼女に会った日、彼女は兎小屋の前でしゃがみ込み兎を見ていた。
こんにちは。笑顔が可愛いかった。まるで小学生のようだった。不思議な子だった。わたしの3人の娘たちとすぐに打ち解けて仲良くなった。
やがて彼女はうちに入り浸るようになる。数年後、ある日訪ねてきた夫の同僚に恋をする。そしてあれよあれよという間に結婚。結婚式は夫の同僚の故郷北九州市でするという。結婚式に招待されたわたしたちは家族で北九州市までゆくことになったのだ。
生まれて初めてだった。わたしは披露宴でスピーチなるものを頼まれた。わたしはとっておきのベイビーピンクのレトロなチマチョゴリで正装。演壇のマイクの前に立つ。
次の瞬間彼女と目が合った。胸に熱いものが迫る。
生後間も無く別れたきりの、ほぼ初対面の父親を手伝って東京の弁当屋で働いていた彼女。わたしの子供たちと一緒にごろ寝をする彼女。
どうやら一回りも年の離れた男性に恋をした、どうしたらいいのと彼女は涙をポロポロ。
あんた立派な花嫁だよ。さあこれからだ。大丈夫。辛いこと沢山あったけどこれからなんだよ。
わたしが人前で号泣したのはあれが初めてのことだった。
今日九州へと帰る新しい友人を見送った。
彼女は今どうしているだろうか。
「イノセントワールド」。桜井さんも泣いているしな。