新潮文庫 宮尾登美子「つむぎの糸」

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出来事の記録。引越しは無事完了。昨日月曜日工場を休んだ主人と役所へ転居その他もろもろの手続きへ。通帳を持って銀行の窓口で住民票を見せて通帳の住所変更も完了。苦手な銀行である。書き間違えてばかりで修正印だらけである。


パイプの簡易クローゼットを組み立てた6畳間にひとかたまり20ほどの段ボール箱。箱を開けながら数日を過ごしていたが確かあれはこの箱でとまるで神経衰弱のよう。


公営住宅は丘の上に建っていた。背後には山。部屋は4階、ベランダの見晴らしがとても良い。毎朝朝焼けをiphoneで撮る。


引越しをしても体内時計はそのまま。弁当作りもパン焼きも無い朝。主人が起きてくるまでの長い時間。微かに鳴る電子ピアノの自動演奏のハープシコードを聴きつつ読書。


宮尾登美子を知ったのは映画「鬼龍院花子の生涯」だった。TVで観たような記憶がある。夏目雅子と恋愛をしたインテリ青年役の山本圭がわたしとの結婚を認めて貰えず父に殴る蹴るされた主人とダブった。


任侠の世界。主人と二人で学習塾を開業して数年後、なにやら荒れ放題の少年がやって来たことがある。夕方駅の放置自転車の鍵を壊して塾へ来る。塾生を脅して週刊誌を紙袋いっぱい万引きさせて塾へ持って来させる。


わたしと主人が彼を別室へ隔離してお話が始まるやいなや彼はポケットから万札をどっさり取り出し机に広げた。不敵な笑顔を向ける彼に主人がそのお金はどうしたのかと尋ねると家の金庫から盗んだと言う。


その夜主人が彼の自宅へ電話すると若い女性が出た。母親だと言うその女性はすんなり退塾を了解してくれた。


ところが翌日彼はいつものように塾へやって来た。塾生たちに囲まれていったい何をしているのかわたしは覗き込む。彼は一万円札で鶴を折っていた。彼はわたしに器用に折った小さな鶴を差し出し、語り始めた。


彼の父親は北方領土天皇制に深い関心を持つ右か左かといったら右側の思想を持つ人で聞けばそのグループの大将であり、先月銃刀法違反で刑務所に収監された。彼と父親の若い後妻、そして腹違いの幼い妹が残された。彼曰く若い後妻は厳し過ぎる。喧嘩。むしゃくしゃした彼は伽藍堂となった事務所の金庫から金を掴み出して家を飛び出した。今日は友人の家にいるという。


『なめたらいかんぜよ』わたしは彼を諭した。


お父さんが居なくなって寂しいのはわかるが物を盗ったり他人を巻き込んだりは頂けないな。継母で腹違いでも家族があるのを感謝せよ。夫が別荘ゆきとなった女の気持ちがわかるか。お父さんが戻るまで家を守るのが男というもの。ここが踏ん張りどころだ。


彼の泣きそうな顔を今も覚えている。


わたしの隣で主人が眉間に皺を寄せていた。


わたしもちょっと怖かったけど。