柴田書店 安藤明「ドイツ菓子大全」

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この本は(株)ユーハイム監修の本である。ドイツ菓子と銘打っておきながら前書きには「ドイツ菓子とはこうである、と特徴を一言で決定づけるのは難しい」とあって、わたしのようなはてな好き人間には吸い込まれるような魅力を放つ一冊である。

プロイセンハプスブルク君主国。ゲルマン、オーストリア、スラブ、ザクセン。そしてスイス。ドイツという国は早くから中央ヨーロッパスクランブル交差点のような場所だったと言っていいかもしれない。ドイツ菓子を知ることはヨーロッパ菓子の源流を辿ること、と安藤は前書きを締めくくる。

グリム童話ヘンゼルとグレーテル」のお菓子の家の壁はレープクーヘンという名のビスケットだと言われているが、このレープクーヘンは蜂蜜で生地を繋いでスパイスをどっさり入れて作る。つまりこれはフランスのパンデピスにとても似ているのだ。

わたしはパンデピスを時々作るが本当はこのレープクーヘンを作りたい。子ども時代わたしはレープクーヘンをこれでもかと食べた。わたしの育ったコリアンコミニュティの中枢がキリスト教教会であったこと、神父や修道女たちはドイツ人であったこと、レープクーヘンは子どものわたしにタダで幾らでも与えられ、美味しいとか美味しくないとかではなく、日々の空腹を満たしプラスアルファ摩訶不思議な味覚で脳内を攪拌する悩ましい菓子であったこと。

子ども時代のわたしは「ヘンゼルとグレーテル」を読み終えるのにかなりの時間とエネルギーを要したことを覚えている。森に捨てればいいと言った母親の台詞、捨て子をする冷酷な家にあの手この手で必死に帰ろうとする幼い兄妹たち、お菓子の家で空腹の子ども等をおびき寄せる邪悪と生き延びるために年寄りをかまどに背中から付き落とす残酷。わたしは年寄りがひとり落ちるほどの巨大なかまどの構造を懸命に空想した。

この柴田書店のp241コラムドイツ菓子とは何か④はレープクーヘンを扱っていて、わたしはそのページを繰り返し読むのだ。現在のレープクーヘンはニュルンベルクエリーゼレープクーヘンが突出しており、続くページにはニュルンベルクエリーゼレープクーヘンとして詳細なレシピが写真付きで載せられている。

エリーゼレープクーヘンはチョコレートでコーティングされておりわたしの知るレープクーヘンではないのだが沢山のスパイスの混ざり合うフレーバーと蜂蜜のくらくらするようなしつこい甘さにチョコが加わるレシピを読みながらいろいろなことを考えるのだ。

脳を少し休めよう。上からシアン、コバルト、プルシアン。コバルトの語源はドイツ語で妖精だそうである。

コバルトブルー。3PB4/10、vv-B。

色相が3PB、明度4、彩度10。

vv-Bというのは「鮮やかな青」という修飾語だそうだ。

青はいーなー。