神戸から四国へ、覚え書きなど

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わたしはこれまで雨が降ってきて困ったと思ったことがあんまりない。夫は雨が苦手である。雨が苦手な職業はとびや土建屋、大工などだがわたしの夫は会社員である。

神戸へと引越すことになった三女夫婦の移動に便乗してちゃっかり神戸観光をと企んでいた。その後は四国へと足を伸ばそうとチケットも購入した。

神戸という都市はコンパクトだがわたしには難しい町であった。私鉄の乗車券券売機が共通なのはいいが乗りこなすには社名と路線と駅名を頭に入れておく必要がある。そしてひとつのホームには様々な速度と停車パターンの車輌がひっきりなしに入ってくるのだからなかなか太刀打ち出来ない。

わたしは改めてわたしという人間の詰めの甘さを思い知った。そんなネガティヴ思考で神戸を西へ東へと移動すればするほど自分の判断に自信を失っていった。昔からわたしは漢字表記の地名を覚えることが人よりも苦手だったかもしれないな。

神戸を発つ日、三女と婿が高速バス乗り場まで車で送ってくれた。有難い。是非とも四国での活動力を温存したい。ところが家を出ると雨が降っていた。傘を持っていなかった。仕方なく新神戸駅のお土産屋さんでビニール傘を買った。

高速バスの鳴門公園口降り場は明石海峡大橋の鳴門側の付け根、高速道路上であった。バス停は箱のように囲われていた。雨風に当たりながら段々を降りたわたしは傘を差すのを忘れていることに気づくがなんだかもう手遅れな状態だった。

雨が平気というと聞こえがいい。わたしは少々の雨は平気だが傘がとても苦手だ。傘を片手に歩くのが下手だ。傘は出来れば持ちたくない。そんな考え方なので手持ちの傘を何処にでも忘れてきてしまう始末だ。傘を持つと緊張せずにはいられない。

お土産屋さんで天草の乾かしたやつを衝動買いした。白く美しい天草、しかもとても安い。わたしはその店で小さめの枕くらいの量の乾燥天草を買ってしまった。エコバッグを取り出しそれを入れ腕にぶら下げる。ほらバス来たよ、お土産屋さんのお婆さんがわたしを促す。ああ傘を忘れてるよ。

わたしは傘を手に取ったがまたしても傘を開かずに駆け出した。行き違いに路線バスの運転手はお手洗いへ行ってしまい、バス停には待合がなく、わたしがぬれ鼠でドアが開くのを待っていると御免御免と運転手が駆けてきてドアを開けてくれてなんとか乗車した。

何処まで?鳴門駅です。鳴門駅から何処へ?ドイツ館へ。運転手は人懐こい笑顔でわたしを見る。神戸からバスで来たか、ほう、じゃああの橋の上のバス停で降ろされたか、雨ん中大変だったろう。

わたしは一瞬閉じられたビニール傘を見た。何処に泊まるの?徳島。ふうん、このバス徳島まで走るよ。わたしは疲れていたのだろうか。徳島駅までをこのままこの路線バスで行くことに決めるとシートに深く身を沈めた。ドイツ館はまたいつか来ればいいや。

傘のせいではない。こういうことは本当によくあるのだ。1人旅中のわたしは目的地を失いがち、自分が何処へ行こうとしているのか、そこへ本当に行きたいと思っているのか、そういうことがふと分からなくなることがある。

何処へ行こうとわたしの勝手だ。スケジュールを変更する。今日は誰に会うということもなかった。雨は上がっていた。フレンドリーな路線バスは道中鳴門の古城の風景や吉野川に掛かる長い橋などをじっくりと魅せてくれた。

徳島駅で宿に電話をいれた。予定より早く着きそうだ。バックパッカーズの安宿には時々チェックイン時間の指定がある。3時以降ならオッケーとのこと。3時まで徳島駅のそごうの図書館のラウンジで持参したブラウニーと水で昼ごはんを食べたり本を読んだりして過ごした。

休憩しながら宿のHPをもう一度読む。チェックイン4時の文字。わたしはもう一度宿に電話をした。申し訳ない、4時に入ります。オーナーは笑いながら何時でも構わないなどというようなことを言い、最寄りの駅に迎えに来てくれると言った。わたしは丁寧にお迎えを断り電話を切った。

そごうの5階で京都物産展を丹念に眺める。試食もする。しょっぱいものが食べたかった。それからはふらふらと徳島駅周辺を散歩。しばらくのちわたしはわたしの手に傘がないことにふと気付いた。

ビニール傘とはいえわたしの傘だ。なくなった。何処で手放したのか。バスか、図書館か。目を閉じて頑張ってみるがてんで記憶は想起されないのだ。空を見た。また降るかもしれないな。ぬれ雑巾姿で宿に着くのは是非とも避けたい。

駄目元でまず図書館へ。あった。これわたしの傘。わたしがここに置いた傘だよ。足取り軽く図書館を出るとそこは京都展だ。ぶぶ漬け湯葉等試食を再びひと巡りした。ビニール傘などコンビニで買えばよかったのにと思ったらなにやら笑えてきた。

両手に荷物と傘。宿はとても遠かったが、雨はもう降らなかった。遠くの山の尾根が美しく空に映えていた。伸び伸びと田んぼ道を歩き続けた。ああ楽しい。田舎を歩くだけならばわざわざ四国まで来ることはないじゃないか。脳の中の誰かか言った。

宿に着くとオーナーが言った。お遍路さん?‥‥じゃないね(笑)。

違いますね。わたしも微笑んだ。