診察日(2016年6月)

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車検の見積もりのため、友人の板金屋へ。つなぎがよく似合う気の良い彼はそんなに暑くないよというのにクーラーのすごく効いた事務所にわたしたちを通してくれる。すごく散らかった事務所には澄んだ鉄の匂いが充満していた。

そうこうしていると新しく入ったという若い男の子がエンジンのカバーみたいなやつをバキッと割ってしまったらしい。男の子はどう見ても10代。夫が呼ばれて出て行くと友人は済まんな弁償するでな、と笑っている。男の子がなんども頭を下げた。社長ではなく店長と呼ばせているのだと友人が言った。

板金屋グッズは面白いものが多い。スルスルと伸びるステンレスの細いステッキ。先端が強力な磁石になっているので狭いところに落ち込んだネジを拾い上げたり出来る。わたしがそのステッキで床の鉄屑を拾い上げて遊んでいるとそれ百均ですよ、と先ほどまで平謝りの男の子が言った。頂戴、というと百均ですってばと笑った。

いつも通りの診察のはずなのに主治医に会うのがなんだか懐かしい。なんだか久しぶりに会う幼馴染みのようだ。先生会えて嬉しいよ、どうだ、元気にしてたか。内心でわたしはくつろいでいた。

調子はどうだと聞かれたので良い、と答えると主治医はカルテに何やら書き込んだあとわたしをジッと見る。疑ってるのか、本当に調子いいんだから。

まあね、調子いいって言っても声は聞こえるけどね。どんな声?若い男の声。なんて言ってる?歌ってる。どんな歌?楽しそう、そいでここんとこいつも同じ歌、ミスチルじゃない、それからなんか誰かと雑談してる、何言ってるかよくわかんない。

イライラはしないよ、放っておく、それでいい、聞いてるとホッとするし。このあいだの薬?効いたよ、すごく寝た、‥‥20時間くらい寝たかな‥‥だから怖くて飲めない、‥‥まだだいぶあるよ。

主治医はカルテを閉じた。わたしは時計を見る。まだ20分ある。なに今日忙しいの。

主治医は高知で暮らしていたことがあると言った。高知の海のはなし。ガクンと深くなる海。シュモクザメ。喰われて死んだ人何人もいる、主治医は言う。あるときシュモクザメが川に上ってきてさ。

どうするの?何が。川に上がってきたシュモクザメをどうするの?見てるだけだよ。ああこんなところに来やがって、なんてそんとき俺は見てたなあ、主治医が懐かしそうに言った。

高知空港の辺りは牛の匂いがするでしょう、あの近くに牛舎がある。わたしは空港から出なかったのでわからなかった。そう言うとそうか、と会話が途絶えた。

昔あの空港のロータリーで真夜中ドリフトの練習をしてなあ。何?ドリフト、ドリフト知らない?ドリフトってレースとかでスピンしてカーブを曲がるやつか。俺はそんとき免許取り立てでなあ、あれだな、免許取り立ての時なんて車なんて玩具みたいなもんだな。

こうカーブでクルクルーでガッシャン、クラッシュ。俺の車大破してな。全損?どうだったかな‥‥。車種は?ダイハツシャレード、水色。怪我は?怪我なんてねえよ。そんなわけない。いや俺は無傷だった。それはおかしい、むち打ちとかになってるよ。

だからきっと忘れてるんだよ、大怪我をしてその記憶を失ってる。主治医はいや俺はそのとき無傷だったよと小さく首を振った。診察が終わりわたしたちは並んで部屋を出た。

コストコでオーガニックココナツフラワーが1キロ597円とあった。買おうとして商品を探すがココナツフラワーと書かれた棚には大量の片栗粉の箱が積み上げられている。

辺りを見回すが店員らしき人は見当たらない。わたしはココナツフラワーと称された片栗粉たちをiphoneで写真に撮った。後で聞いてみるか。まさか片栗粉という名のココナツフラワーではないだろう。

フードコートでサンドイッチを食べながらわたしは夫に「バリバリ伝説」って知ってる?と尋ねた。知らない、夫が言った。

なぎらはまさかのヤンキーだった。何者なんだ。なぎら。