山本周五郎「みずぐるま」

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朝一で本屋。平家物語のガイドブックをぱらぱらやる。祖父はかつて琵琶法師の平家物語で日本語を習得しようとしたらしい。むちゃくちゃな話だ。バスで帰宅。最近気になっていたやつを今日はちょっと聴いてみる。歌っているのは檜山うめ吉という。ジャンルは芸人だそうだが彼女は噺家であり、三味線も弾く。

もう何日もダラダラとボリス・エーデルの手記を読んでいる。1939年ボリス・エーデルは猛獣使いとしてソビエト連邦から勲章を貰った。彼は年若くして故郷グルジアを出奔、サーカス団を転々としたのちドイツ人調教師に付いて猛獣使いとなる。

エーデルについて考えるのが何故か辛い。訳はわからない。幼いエーデルが親や教員から暴力を受ける。逃げたけれどある時には捕まって連れ戻される。エーデル自身がまるで猛獣の子どものようである。

エーデルを閉じては山本周五郎「みずぐるま」を読む。「みずぐるま」の主人公若尾は16歳、岩本甚之丞一座という見世物小屋で「みずぐるま落花返し」という芸を披露中、お武家に見出されて妻となるというハッピーな話である。

派手な色柄の武者袴に水浅黄(みずあさぎ)の小袖を着、たすき、鉢巻をして赤樫の稽古薙刀で矢継ぎ早に飛んでくる幾つもの紅白の鞠を見事に打ち返す。みずぐるま落花返しはそんな芸当だ。

4年後、江戸の明和の大火で焼け出されたどさくさで彼女は養女となった武家屋敷から出奔した。自分の様な生い立ちのものが武家の妻になどなれる筈がない。若尾は両国で興行中だった岩本甚之丞一座に舞い戻ってしまうのだ。

小説では舞い戻った若尾に、オマエは本当はゆき倒れで亡くなった武士の子を拾って育てたのだと親方は説明をするが、本当はどうだったのか。もしそうだとしてもゆき倒れて亡くなるほどの貧乏暮らしだったのだ。血筋がどうのという話ではない。

若尾を追い詰めた武士の世界と対比して描かれる個性溢れる一座の面々。一座の飼い犬である2歳の雌犬はその名を庄太夫と呼ばれている。これまでは話のラストシーンで出奔した若尾をようやく探し当て連れ戻すお武家の熱心さに感動したものだったが、今日はなんだかそんな風には読めなかった。

彼女はやはり一座に戻ってもう一度薙刀を振りたかったのではないか。意地の悪い武士の妻たちの中で生きていくなんて息苦しいではないか。軽業師としての人生はそれほど卑しいか。若尾とエーデルはどちらも軽業師である。エーデルは猛獣使いになる前に軽業師として空中ブランコの達人となった。

エーデルの手記は勲章を貰ったということで書かれたようだ。1956年の本であるが英訳を翻訳したものなのか、ロシア語からの訳なのかはわからない。彼は誰のことも悪く言わない。今はこんなにもサーカスと動物が好きなわたくしでございますと手記は続く。

昨日とある友人と会った。彼女は平家の落人の子孫で父親の職業はプロの琵琶法師、彼女もとても歌が上手い。

あのさ、お父さんさ、平家物語なんて歌ってた?さあ聴いたことない。かつて彼女とわたしはよく一緒に歌ったものだ。「おてもやん」「チャッキリ節」。そして春日八郎「お富さん」。彼女の歌は琵琶法師だった父親仕込み、本物だ。

それよりさ、なんで家の中が熊だらけなの?彼女が言った。

まあ話せば長い。わたしは腕組みをした。