酷い顔面痛でわたし殴られた?って夜中に鏡を見る。前もあったこの症状。記録を見たら3年前の秋だった。
朝になり、そのときに行った耳鼻科のホームページで診察のweb予約をした。雨の中バスを待つ。小雨だったので駅からは傘なしで歩いた。
Tと再会したのは高校1年の冬だった。Tは日曜の早朝の教会の礼拝で神父の隣で侍者をしていた。Tもわたしも直ぐに気付いた。Tは変貌していた。Tはロシア人のハーフだからもとから目は薄い青で髪はブロンズだったけれどびっくりするほどイケメンになっていた。
TとわたしはTの友人の運転で岐阜県のスケートリンクへスケートに行った。酷い転び方をしたわたしをひょいと抱き起こしTは気をつけて、転んだとき長く氷に手をついていたらダメだ、他のスケーターに指を轢かれて指を落とした人を見たことがあるんだと言った。
顔痛みますか、耳鼻科のドクターがわたしに尋ねる。いえまだそれほどではないです。耳を見ましょう、耳は痛みますか。いえ。わたしは痛くても痛くないというのが癖なのだ。ややこしいなあ。
上を向いてください。俊速で鼻から針金のようなものが差し込まれた。え、なにしてる?動かないで、力を抜いてください、大丈夫ですよ。いやいやこの大丈夫ですよが1番怖いんだよね。どうやら内視鏡で炎症の具合を見ているようだった。
もう少し進みましょう。針金カメラは鼻を通り抜け喉に達した。ドクターは針金をゆっくりと引き上げながらモニターを見ているようだった。少しでも体を動かすと後ろからわたしの腕を抑えている看護婦の手に力が入る。それがまた怖いのだ。
しばらくしてわたしの顔面に差し込まれた針金がすっかり外された。副鼻腔炎ですね、今も内科へは行ってますか、風邪もひいている、熱も上がるだろう。ドクターが診察を締めくくりわたしは席を立った。抗生剤を鼻から吸入中突然吐き気と目眩に襲われ、吸入器を手から落としその場にうな垂れた。先生、と看護婦が言う声がした。意識が遠のいていく。わたしは背もたれのある椅子にうつされた。
ドクターに横になるように促されるもどうかお構いなくと頑なに遠慮する自分の声で再び覚醒した。わたしはわたしの手首を掴み脈を数えているドクターを睨みつけていた。一方ドクターは狼狽えていた。アレルギーかな。いえそれはないです、たぶん精神的なものでしょう。打ち返すように答えるわたし。おいおいいったい何様なんだよ。ああもう早く帰りたいよ。
わたしがタクシーを呼ぶと言うと看護婦さんはわたしを解放してくれた。もうこの耳鼻科には来られないような気がした。
薬局で薬を貰いウォークマンで音楽を聴きながら雨の中を再び歩いた。Googleナビでカフェを検索。この近くに生きたアヒルを放し飼いにしているカフェがあるらしい。行ってみたら定休日だった。
リサイクルショップで業務用の鍋を見ていたら友人からLINE。今何してる?おお君は天使か。かくかくしかじか鼻に針金を差し込まれた、アヒルのカフェは定休日だった云々。
業務用の鍋をひとつひとつ丹念に見、ステンレスのトレイ、大小のレードル、大仰なコルク抜き、レモン絞り器、アイスクリームを掬う丸いやつなどを手にとって長く眺めているところへ友人がやってきた。
レジ前に積まれていたゼンマイで動くブリキのアヒルのおもちゃをふたつ買い友人とひとつずつ分けた。
ボブ・マーリーを聴いているとなんだか踊りたくなる。顔が痛いと自尊心を保てないんだとわたしが言うと友人はゲラゲラと笑った。
アヒルのおもちゃは結構面白いですよ〜