twins(双子)

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夜の10時の少し前、もう閉店という間際に必ず彼は1人で来店した。それは今から30年以上昔のことなんだけれど、昨日のことのように覚えている。

今週末の夜は空いていますかと彼はわたしに尋ねた。そのときわたしが働いていたお店は両親の経営するレストラン兼カフェのようなお店だったから、毎週末は学生アルバイトさんたちが来てくれて、わたしは休むことも出来たのだけれど、一度も親しく話したこともない人と2人きりで出掛けることに対する不安から仕事なんですと当たり障りのない嘘をついた。

不思議なものだ。いちど誘いを断ったというその事実はわたしの彼への関心をより強めるきっかけとなりわたしはその後、彼がお店に来ると、それはそれは彼を念入りに観察するようになる。

彼の服装はいつも変わらない。工場か会社から支給された制服のようなものだった。ピッタリサイズの薄い鼠色のジャンパーに紺色のズボン。ズボンの丈はどちらかといえば短めだった。彼は足は大きい方だったと思う。靴は、もうずっと長く履いて、すっかり履き心地の良くなった、いかにも歩き易そうな黒革のブーツだったのだけれど、彼の見繕いでもっともアンバランスだったのはこのブーツだった。

彼はひとり窓際の席に座り日没後の闇が店内を映し出す鏡のようになった黒い窓ガラスを眺めていた。またある時はテーブルに肘をついて長い指を顔の前で組み考え事をしているときもあり、お近くですか、そうですねとわたしたちは次第に短い会話を交わすようになった。大人びた、少し疲れたような笑顔から年上だと思い込んでいたが彼とわたしは同い年であった。

彼に一卵性双生児の双子の弟がいるということをわたしは長い期間知らなかった。一卵性双生児とはいえ彼と弟さんとの性格は真逆であり、彼は弟さんよりは遥かに地味で無口であった。

そうとは知らないわたしは彼と弟さんへの入念な観察に脳内を酷く疲弊した。観察すればするほど双子であるなどということは益々思いつきもしなかった。ある時は快活に、またある時は寡黙にと予想がつかない彼を魅惑的に感じていたとも言える。

ある夜、彼と弟さんがそれぞれ女性の友人を伴って来店した。快活な弟さんははしゃいだ。僕たちが双子だってこと、知らなかったでしょう。わたしはすごく驚いてカウンターに戻りそのことを同僚たちに告げると同僚たちは皆既にその事実を知っていた。閉店間際、客の少ない店内は賑やかな喧騒に包まれた。

わたしは気がつけば不躾に彼を長く見つめていた。彼もまたわたしに視線を返した。

その時にわたしは目の前で微笑む弟さんよりも彼を、彼だけ、彼たったひとりをわたしは好ましく思っているのだと確信したが、そんなことを伝えることなどその時のわたしには出来なかったし、そうすることがその場で適当だとも思えなかった。

わたしはその夜悲しかった。彼の次の誘いを待つばかりだった日々の、能天気な自分が馬鹿みたいだったことや、彼を観察し続けていた自分の一生懸命が途方もなくみじめで報いがなく、それを誰に愚痴ることも出来ずまた泣くほどの悲しみでもない。その全てが苦しく辛かった。

さてこの数ヶ月のことなんだけれど、わたしの脳の中のひとりひとりの友人たちが、少しずつ少しずつ、性格や見繕いが徐々に似通ってゆくように思えるのだ。

それは困る。それはだけは勘弁して欲しい。わたしは馬鹿みたいだ。わたしは阿保だ。助けて欲しい。だけどいったい何から助けて欲しいの?

こうしたこと全て、それがいつか忘れ去られ、何もかもがわからなくなる日が来ることから救い出して欲しい。ただそういうことなんです。