前座

少し前から週1で駅ピアノを弾いている。誰かに頼まれたわけでもなく駅ピアノを弾くことが楽しいだけなんであるがギャラリー常連さんとも仲良しになれるのが良い。数日前私がたどたどしく昭和歌謡を弾いて常連から拍手をもらい恭しく挨拶を終えるとコンコースから颯爽と若い男性が現れた。

 

彼はそれはもう優雅にジャズ風のポピュラー曲を弾いたんである。なんていう曲?知らない。聴いたことあるよね。ひなびた駅ピアノのちっぽけな寄り合いには勿体ないようなパフォーマンスに常連らは戸惑う。美しいピアノの音色に涙ぐむお年寄りもいる(感情の抑制が効かない)。

 

彼はそれはもう爽やかに挨拶をすると去っていった。平日で電車も少なかった。沈黙の駅ピアノ寄り合い衆のひとりが言った。あんた何か弾きなよ。わたしは岡村孝子「夢をあきらめないで」を渾身の思いで弾ききった。カタルシスなコード進行にお年寄り1名はまたも涙ぐむ。

 

わたしが弾き終えるや先ほどの若い男性が舞い戻り近藤真彦「ギンギラギンにさりげなく」をジャズアレンジで弾き始めた。マッチだね。いい曲だね。歌い出す者も出たほどであった。

 

若者が去った。あんた何か弾きなよ、あの人また戻って来るよ。よし、何弾こうかな。わたしはテレサ・テン「時の流れに身を任せ」を弾いた。テレサ・テンは難しい。弾くのを辞めてひと思いに歌いたいくらいである。しかしここはスナックではない。駅なのだ。

 

しかし若者は戻らなかった。そりゃそうだ。いくらなんでも電車乗ったよね。うん。