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bts'planets'
U-NEXTで司馬遼太郎の「坂の上の雲」をちょっとだけ見たら夏目漱石を小澤征悦がやっていた。それでというわけではないが高2Nさんの学期末テスト課題がそれでしたので昨日夏目漱石「こゝろ」を図書館で借りて読んだ。
「こゝろ」は映画みたいな小説だったのでちょっとびっくりした。始まりのシーン。「私」は思い出している。「先生」や、6年前の、まだヒトのこゝろの闇のことなんてまるで知らなかった自分自身の若き日々を。
その思い出は「私」の宝。土中から掘り出して土を払う貴重な遺跡の発掘。「私」はこゝろの中で丁寧に復元する。たしかこんな事を言った、こんな顔をしていた。「私」は願う。このこゝろの中でどうか正しい、相応しい姿カタチを取り戻して欲しい。
正しくなくては駄目なんである。誤解や勘違いはあってはならない。こうしたことはこゝろの作業であるので他人に証明してもらう必要はない。もっとも大切な確認事項は私はあなたの言葉を心から信じていますよ、という揺るがない思いなのだろう。
人は時々嘘を付くことがあっても良いとわたしは考える。嘘は真実の影だと刑事ドラマでも言っていた。嘘から始まる真実の開示プロセス。そしてわたしは両替商ではないのだ。これは嘘だなとわかる言葉たちこそを念入りに形状もそのまま土中に埋めることがある。
明治が終わる。学業を終え故郷へ帰った「私」に「先生」は電報を打つ。明治が終わることは良いことか。果たして明治が終わると何かが変わるのか。
西洋思想、個人主義、家長制度、克己心、エゴイズム云々。漱石はけしてヒトのこゝろにラベリングをしないように丁寧にヒトのこゝろの輪郭を描く。それは自分も。相応の柔らかな尊厳を保ちたいからね。
Kはさ、親友「先生」のお嬢さんへの恋心にとっくに気づいていたんじゃないかなあ。下宿に来た日からわかっていたんじゃないかな。ときどきさ、嘘が真実よりも辛く響くときがあるよね。Kは自分が親友に何か良いことをしてあげたかった。そういうことがもどかしかったのかもしれないね。
「先生」は不安神経症(ノイローゼ)を脱せて良かったね。あんなに長い告白文を生きて信頼できる友人に書き送ることが出来たんだもんね。
なんちゃってKはメキシコに渡り整形手術をして別人になって「先生」の前に現れる。「私」と「先生」と「K」。3人で暑い夏の海を泳ぎたいね。