fridayusaoのブログ〜丘の上から

統合失調症でDID、読書と音楽鑑賞の日々の徒然。

マルタ・アルゲリッチ フレデリック・ショパン ~ 英雄ポロネーズ

雨が降った。陽が照り出してきた。ヤバい。畑の雑草たちがぐんぐん成長してゆく。しかしながら昨日車で畑に備中と長靴を運んでもらうのをうっかり忘れてしまった。畑までは2キロ弱。備中を片手に走って行くか。まるで戦さである。バスに乗るか。備中をバスに持ち込むことが出来るか。農機具等所持法違反で職務質問されてややこしいことにならないだろうか。(そんな法律あるのか?)

あれこれ悩んで今日は畑をあきらめて久方ぶりに走ることにした。近所の低い山。40分ほどのトレイルランニングである。

数日前ショパン英雄ポロネーズが脳内で再生される。アシュケナージだと声がする。YouTubeにはアシュケナージ英雄ポロネーズがなかった。いろんな人の英雄ポロネーズを聴く。そしてアルゲリッチに落ち着いた。

中学2年の時一年間だけピアノのレッスンを受けていた。その時のわたしのピアノ師匠は音大の院生だった。今思えばかなり厳しいレッスンだった。バッハの平均律を一曲仕上げる。すると来週までにこれを変ホ長調で仕上げて来いと言う。変ホで仕上がると今度は高速演奏だった。もっと速く、もっとだと師匠は腕組みして呟く。わたしは仕切り直し初めからもう一度すこしスピードを速めて弾く。

君が弾くんじゃない。君の手が弾くんだ。手に弾かせろ。信じろ、手を信じろ。師匠は謎めいた言葉を繰り返すのだった。

当時流行っていたテレビドラマで、劇中主人公が英雄ポロネーズを弾くシーンがあり、クラスメイトが音楽室のグランドピアノでその曲の障りを弾いていた。クラスメイトはあれは本当に水谷豊(主人公役を演じていた)が弾いているのかな、と言うがわたしは当時帰宅後はピアノの練習もせねばならなかったし、なんやかんや夜まで家の手伝いが忙しくとてもゆっくりテレビを見る暇などはなかった。クラスメイトはドラマと英雄ポロネーズの両方にすっかり陶酔していた。

何かの折りにピアノの師匠にそのドラマの英雄ポロネーズのことを尋ねたところ彼はニヤリと不敵な笑いを浮かべたかと思うとわたしの目の前でいきなりそのショパンポロネーズを弾き始めた。どうやら師匠はその曲をおハコにしていて、ドラマもがっつり観ていると言った。ショパンが好きだと、ショパンの練習曲をいつかは制覇したいのだと彼は熱く語った。

師匠は苦労人だった。ごく普通の四大を出たが演奏家になる夢を捨てきれず音大を幾度も受験したという。丁度その頃ロシア人ピアニスト、ウラジミール・アシュケナージが来日した。演奏会に行かないかと誘われた。アシュケナージは凄い。是非聴くべきだ。師匠はいつだって熱く語るのだ。

しばらくして後師匠はわたしの両親に会うことになる。わたしは習いもしないのに初見演奏と調音が出来た。技術的にも行けそうだということで音楽科の高校を受験してはどうかと勧められた。両親は猛反対だった。とりつくしまもない。師匠は両親と会った後わたしにアニメの「巨人の星」の話をしてくれた。

君は飛雄馬だ。自分を貫け。音大を目指せ。またしても熱い。

いや無理です。わたしは師匠を諭した。わたしにしても演奏家になどに成りたいとは当時は思えなかった。レッスンでむつかしいミッションをクリアする。ピアノレッスンは筋トレに似ている。無理だと思えた、まるで出来なかったフレーズがいつしか出来るようになる。それが嬉しかった。それだけなのだ。

師匠との別れの時が来た。師匠はドイツへ留学。お別れの生徒たちのコンサート。そういうコンサートは其れなりの上納金が要る。わたしはその時は両親を説得した。出たかった。衣装とパンプスはお店のバイトのお姉さんから借りた。当日、コンサートなど初めてのわたしにはホールの更衣室で着替えるという発想はない。冬だった。ドレスを着る。パンプスを履く。上から紺のダッフルコート。右のポケットには財布。左にはハンカチ。バスと電車を乗り継ぎひとりで出掛けた。終了後ラウンジで師匠とすれ違う。

待って。師匠が言った。すこし話そう。わたしたちはラウンジで差し向かい珈琲を飲んだ。

楽譜も無し?度胸あるな。君の演奏良かったよ。本当だよ。わたしは嬉しかった。普段はあまり褒めてはくれない師匠だった。

あつかった。師匠ではない。ラウンジは暖房が効いて酷く暑かった。わたしはダッフルコートを脱ぎドレス姿となった。

お店のバイトのお姉さんが貸してくれたドレスは緑色のラメのドレスだった。肩に細いストラップ。お姉さんはそういうクラブでそういう仕事もしている人だったのだ。

師匠は咄嗟にうつむき珈琲をズズッとやった。

英雄ポロネーズのフォルテシモと熱血ロマンチスト師匠のと珈琲タイム。

このあとわたしは帰り道スイッチする。出来事は長い年月を脳内で保管されたきり、思い出されることなく、そしてわたしのピアノレッスンもその日を境にして失われることになる。

記憶のタグはドイツ。

なるほどそうだったのか。