聞かせてよ

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"Slur"Pack Chan Young

 

鉄平は、2年前の冬から翌年の春にかけて、私の住む公営住宅の公園に住んでいた雄のツグミで、公園といっても幅が2メートルもない円形の砂場が真ん中にあるだけの、ほんの気持ちばかりの空間だが、彼が公園内を朝早くペコペコと歩き回っているのを見るのがわたしはとても好きだった。

 

鉄平の背筋はいつもピンと伸びていて、時折大慌ての出勤中のサラリーマンが公園内を突っ切ることがあったが彼は姿勢を崩さず、間違って蹴っ飛ばされないよう速足で植え込みに身を隠した。しばらくすると彼は砂場へ戻り再び砂の中の虫やなにかを嘴で捜した。

 

あの年のわたしはとても疲れていた。伸び切った衣料用ゴムのように。もしもわたしが人ではなく衣料用ゴムならば間違いなくゴミ箱に捨てられていた。それなのにわたしは自惚れていた。見当違いの結論を勘違い宜しく悦に入り全く現実がわかっていなかった。

 

いやわかってはいたけれど、そうした事実を受け入れることを拒んでいたのだ。これまでのやり方を改め、新しいやり方にシフトチェンジすべきだということをとことん思い知る。とことん思い知るという経験は残酷で容赦ないが今ではその時間の全てに感謝している。

 

わたしは野鳥にさして関心はなかったが、ある朝公園内を歩く鉄平に目を留めた。わたしはそんなふうに鉄平と出会ったのだが今思えば、彼は少し前からわたしを知り、わたしを見ていた、そんな気がした。あの鳥はわたしを見ている、そう確信してわたしはある朝彼を鉄平と名づけた。

 

一刻者(いっこくもの)というのはどこかの方言らしい。融通が利かず頑固な人。一刻者とはそういう意味だ。わたしはいっこくであった。鉄平もまた幾つかの点でいつこくである。わたしはそう思った。なにかでちゃんと調べたわけではないが。

 

鉄平はあまり飛ばなかった。少なくともわたしの前で人のようにぼちぼちと歩いて暮らしていた。こんな人間臭い鳥が居るんだな、とわたしは鉄平の存在が愉快だった。鉄平が階段を歩いて上がってわたしの部屋までやってくる夢を見たことがあった。「鉄平!よかったら入って」わたしがそう言うと夢の鉄平は半笑い、玄関先から空へと飛び去った。

 

鉄平が砂場からわたしを見る。ある朝わたしは鉄平、と呼んでみた。鉄平は幾分戸惑い目をそらしたがまんざらでないという顔をして砂を突きはじめた。電線に留まる鉄平を鉄平、と小声で呼んでみたことがあった。鉄平はそんなときいつも飛び去った。俺はオマエと違い飛べるんだぜ、とでも言いたげに、だがわたしはそんなとき何とも言えぬ笑いが込み上げた。わたしは鉄平を誇りに感じた。

 

春になり、あるとき、わたしは鉄平が居なくなった、とまるでショッピングモール内で預かり中の子どもを見失ったかのようにうろたえ、鉄平が、と友人に告げた。もう何日も鉄平は砂場に現れない。友人は戸惑った。遠くの公園へでも行ってるんじゃない。彼女はそう言ってわたしを説得した。

 

数日して彼女は鉄平の消息を訪ねがてらわたしと鉄平の小さな公園へと来訪し、ツグミというのは渡りの鳥で、気温の上昇とともにシベリアへ飛来していくという説明をした。来年また帰って来る。そんな説明だった。わたしは納得したがそうであってもわたしの鉄平に会いたいという気持ちは収まらなかった。わたしは毎朝砂場に鉄平を探した。わたしはいっこくものだった。

 

数日がたったある日、友人が隣町で鉄平を見た、とわたしを助手席に乗せ走り出した。そこは峠を越えた里山の川沿いだった。電線にツグミが5、6羽並んで停まっていた。ほら、鉄平。友人が声を上げた。ツグミを見たわたしは懐かしさと親しみで涙を流した。友人が肩を抱いてくれたので、わたしはあれは鉄平じゃない……、と嗚咽した。たしかにそこには鉄平は居なかったのだ。

 

あれから2回めの秋になる。わたしは鉄平に会いたい。俺はシベリアで生まれたから、シベリアに帰らなきゃならねえんだ。鉄平に会いたいし、鉄平の声が聞きたい。友人は言った。ツグミって口をつぐむっていうことでツグミらしい。たしかに鉄平が鳴くのをわたしは聞いたことがない。