新潮文庫 椎名誠「波のむこうのかくれ島」

紫キャベツを水素水でパリッとさせる。ザルを引き上げるとコバルトブルーの水だ。アルカリに何かが溶けたらしい。飲んだ方がいいのか。しばし家族が討議する中わたしは目玉焼きを焼く。

チーズが無かったがあり合わせタコライス。目玉焼きは長女のリクエストだ。

ひき肉を炒める。オレガノが無い。コリアンダーも切れている。市販のケイジャンにパプリカを振り入れチリも追加したがやっぱり違う。

パクチーフリーズドライがあった。サルサを作る。トマトはフレッシュ。どういうわけかライムあり。システムが壊れかけているのだ。仕切り直しの時が来ているのだ。

コバルトブルーの水で洗濯をしたらどうなるか。婿が言う。青くなるでしょ。だからさ、青い服を洗うのよ。なるほど。

家族がワイルドなタコライスを頬張る中ひとり味なしオートミールの夕ご飯を食べる。

あのさ、対馬へ行くわ、一週間休暇を頂戴。

そう言うと家族は目を見合わせた。対馬ってどこ?ひとりで?

わたしはぽつぽつと話す。しかしうまく説明が出来ない。馬はきっかけに過ぎなかったのだ。北は北方領土、南は沖縄の波照間、東は父島母島、そして西の対馬

国境だった。

要するに混ざり合う場所へ行きたいの‥‥ボーダー。そう、ボーダーなんだよね。

家族は対応を辞め各々のタコライスを各々混ぜ再びぱくぱくと食べはじめた。紫キャベツ甘いよ、ママも食べてみたら。長女が言った。わたしはお皿を片付けリビングを出た。

新潮文庫椎名誠BOOKOFFで買った。310円。片腹痛い出費ではあったが対馬の記事だ致し方ない。押さえておきたいのは司馬遼太郎の街道シリーズだが読もうか読むまいか迷っている。司馬遼太郎は嫌いではないが何かに影響を受けてしまうのは困る。

夕食後主人が8度越えの熱を出した。ベッドに横たわりうわ言のように言った。

僕も行くからさ。ひとりでなんて危ないよ。夏まで待ってよ。

わたしは自分の冷え切った心に自分が1番驚いた。わたしはびっくりするほど怖い顔をしていたのだ。主人にこの顔を見られたくはない。見られなくて良かった。

国境などではない。そんな持って余る大義名分ではなく今のわたしには360度、見渡す限りが息苦しい。この息苦しさは遠い世代を越えて連綿と受け継がれたものだろう。今では母は死に父は行方がわからないがわたしはわたしを解放するためのそのための場所を対馬に設定した。祖父母達は10代の後半に半島から逃げるようにして下関に降り立ったと聴いている。それぞれが別れ別れで死ぬことがあったなら死体に印が残り互いに見分けが付くようにとお揃いの刺青を入れたという。わたしは日本人と結婚して日本人との混血児を産んだ。国境はわたしの体内に、脳内にある。悪しきラインをわたしはまだ越えてはいない。

対馬はやめた方がいい。

パトリックが言う。

椎名誠水納島にも行っている。水納島の頁を読む。

椎名誠は嫌いだ。こんな風に生きられたら。こんな風にしなやかに進めたら。

オルゴールにはもう飽きた。

結局またわたしにだけ聴くことが出来る、パトリックのバンジョーをひとり聴いている。