レインマン

自転車を取りに来た三女のお迎えに来た婿がリンゴのマフィンもどきをひとくち食べ、これは鬼まんじゅうでは?と言う。ああ、鬼まんじゅう。なるほど。そのあとニーダーの話で盛り上がる。婿はシェフをやっている。

いつのまにか冷蔵庫にバターが尽きていた。よくわからないがバターが手に入りにくいらしいようだ。5歳はバターロールが大好物だ。仕方ないので植物油で甘いマフィンを焼き出した。パンはしょっぱいもの、というこだわりからスコーンやBPブレッドも何かしら焼く。

数日前長女の婿から今日のスコーン塩が多め?とまさかのコメント。誰も気づかなかったのに。気づくほどではない。ほんの僅かだ。旨いはしょっぱいの近くにある、と医療関係者にしばかれそうな持論を私は持っている。かつて貧しい国々では塩は旨味だった。今朝はトッピングにバターがないからね。美味しいでしょ。

翌日なんとなくあるものでパンケーキを焼く。wetはサワークリームと全卵。バターミルクとして薄めのヨーグルトで柔らかさを調整。BPと塩と少しの砂糖。パンケーキなのにどっしり。まあサクサクはしとる。すると長女の婿が旨いこれは何と何を入れたんですか、と聞いてくる。知らん、忘れた、適当に作った。

ママはちょっとまずいものを目指してるのにねえ、と長女が高笑いする。レシピ残さなかったんですか、と婿。そうだよ、もうこのパンケーキは2度と食べられないの!

婿はマスオさんキャラだが私はアバンギャルド。フネにはなれない。(主人は波平まっしぐら)

レインマン」のDVDをAmazonで購入。アルティメットエディションがいつのまにか安くなっていた。新品のまま三女にプレゼント。

三女がまた絵を描き始めた。最近リチウムを処方された。三女はサヴァンのような絵を描く。

レインマン」のトムクルーズはすごくいい。スーツもいいし、車もいい。やんちゃで不器用。ダスティン・ホフマンのお兄ちゃんを精神科へ連れて行くシーンが好きだ。なんだかわからないが泣けてくる。

私には障害者の叔父と叔母がいて、私が小学4年の春から同居していた。叔父は自閉症と精神薄弱で施設に居たが盆と暮れには帰ってきた。叔母は精神薄弱だが程度は軽く特殊学級に通っていた。計算が苦手な私に小学校時代何度か特殊学級の話が来たのはこんな背景があったからだ。

叔父も叔母も歳が近く、兄姉のような存在だった。2人が障害者だということが子どもの私にはわからない。盆暮れに帰る叔父は暴れたり失禁したりで父や母はいつも手を焼いていた。叔母は家事をするでもなく店を手伝うでもなく。風呂が嫌いな私の風呂係り。叔母は子猿をてなづけるかのように私の洗髪を起用にこなした。

叔母は歌がすこぶる上手かった。学校時代のキャンプでもらった文庫本サイズのソングブックを持って来て私によく歌ってくれた。オオブレネリ、学生時代、おお牧場は緑、若者たち。もっとあった。

叔母は絵もすごく上手かった。私は叔母を尊敬していた。よく一緒に絵を描いた。

私、好きな人と結婚したかった。叔母は繰り返し言っては泣いていた。見合い結婚でDV被害に遭い何度も実家帰りした。煙草の火を押し付けられた火傷を見た私はその時はもう子どもではなかったから離婚した方がいいよ、と一緒に泣いた。何度も堕胎させられ、叔母はぼろぼろだった。くも膜下出血で倒れた叔母を見舞った。叔母とはその後2度と会っていない。

DIDが幾つも人格を持ち、何人分も人生を生きるのには訳がある。人間は生身だ。大好きな誰かが厄介者扱いされるのを見ているだけではいられないのだろう。私は叔母を助けてあげられなかった。私はのうのうと生きている。

レインマン」のエンドロールにモノクロ写真が何枚も上がってくる。劇中でダスティン・ホフマンが撮っていた写真だ。

叔母はきっと素敵な写真を撮っただろうな。才能溢れる人だった。

昨日食パンを焼いたから今朝はもう何も焼かない。

本当のことを言えば私はもう何もしたくはない。

息することも、目を開くことも、音を聴くことも何もしたくない。

私は生きていてもいいのだろうか。

胸が苦しい。病院行った方がいいなこりゃ。