連載小説 小熊リーグ⑳

2度目の入院は4人部屋で主治医は変わらなかったがケースワーカーは新海氏ではなく太田という中年の女性だった。新海氏は前と変わらず病院にケースワーカーとして勤務していたが長期休暇を取っていた。

僕のベッドはドアを入った突き当たりにあった。その4人部屋の4つのベッドは丁度風車の刃のように四方を向いて置かれてあり視線がぶつからないような設計になっている。カーテンを引いてしまうとそれなりのプライバシーが保たれた。部屋は僕ともうひとり、僕よりはうんと若く見えるにもかかわらず僕と同い年だという男性と2人きり。僕たちのベッドは部屋を斜めに切るように対角線上に置かれていた。

僕の初めからの主治医の名前は白川玄三といって、光盛医師は同期だと言ったがそれは父と光盛医師と白川医師の3人が同じ年に医局に所属していたという意味であり、白川医師は1年上級で数年前に講師から助教授となり、この単科精神病院へ出張勤務をしていた。

ぼくが壊してしまったカフェの窓は父が弁償したが、あの後父はマスターと何回か会ったらしい。そして父はどうやらその後も時々カフェにいくらしいのだと面会に来た赤星さんが教えてくれた。

光盛医師は入院してすぐ病室に顔を出したきりであった。考えて見れば僕には友人らしきものはなく、唯一心を許せる場所であったカフェでは2度も発作を起こしてしまい、マスターにも咲子さんにも合わせる顔が無いと考えていたので、咲子さんが突然病院に面会に来てくれた時は嬉しさのあまり涙ぐんでしまった。入院して二週間が経っていた。

「陽一郎君、わたしに会っても大丈夫?頭おかしくならない?」咲子さんが僕に尋ねた。

「また暴れちゃうかも」僕は笑った。「ダメダメ。帰るわ」咲子さんは椅子を立とうとした。その時面会用にあつらえられた応接スペースに見慣れた顔の男性が現れた。新海氏だった。

「しでかしたらしいね」新海氏が満面の笑顔で僕を見た。僕は新海氏に咲子さんを紹介した。なんと言って紹介していいかわからず僕は「僕のお姉さんのような人です」と言ったものの自分で自分の発した言葉に照れていた。

「恋人かと思った」新海氏が言った。新海氏は咲子さんと挨拶をした後鞄から一通の白い定型封筒を取り出し僕に手渡した。

「なに?」便箋でぎっちり膨れた白い封筒を僕は受け取った。

「預かってたんだ。彼女から君への手紙だよ。君が発病した日に担当していたクライアントの女性さ」

僕は驚いた。彼女の病状はずっと気になっていた。

「読んでもいいのかな。僕はもう彼女の主治医じゃない」

「白川先生はいいと言ってる。もちろん読まないという選択も出来る。良かったら僕が一緒に立ち会おうか?」

僕は考える。僕の発病は彼女の熊が脳に移ってきてからなのだ。僕は新海氏に部屋にいてもらうことにした。あたし長くは居られないのと言って咲子さんが帰ってしまうと僕はおそるおそる封筒の封を切った。