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fridayusaoのブログ〜丘の上から

統合失調症でDID、読書と音楽鑑賞の日々の徒然。

お知らせ

突然ですが一身上の都合によりブログを休止いたします。これまでfridayusaoのブログをお読みいただきありがとうございました。

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海からよせくるもの

https://www.instagram.com/p/BOX0Pjkh_1D/

山口県は三方を海に囲まれている。今週は山口県の本を2冊。ひとつは弥生遺跡から江戸幕府、長州ファイブに廃藩置県とランダムに山口県について書かれた本、もう1冊は長州藩から照射した明治維新を詳細に論じた学者たちの論文集であった。

わたしは大学へ少しだけ通ったことがある。大学への憧れというよりは大学で過ごす時間が好きだった。当時親族が自営する飲食店の手伝いのなんやかんやが息苦しく日常を圧迫していた。

わたしの専攻は歴史学で1年生から幾つか歴史の専門授業もあった。教養の授業の他に日本史、西洋史、東洋史の3コースから自由に講義を選べた。

わたしは歴史に特に興味があったのかというとそうでもなかった。高校へ進学してからは理系で将来は獣医になるのが目標だった。いろいろあってその夢は潰えている。

わたしが日本史の専門授業に選んだのは背の低い頭の禿げたお年寄りの教授の講義でそのお年寄りは中世の荘園制度を研究していた。本は学食の隣の売店で売っていて千円だったのを覚えている。

定期券と辞書類など大量の教科書代。持ち金が減って行く中で千円も出してあの禿げたお年寄りの本を買わねばならぬ。わたしは売店でその本を買った。

ところがその授業は大変楽しいものだった。春には百人は居た生徒は次第に減り学期末試験を受けたのは20人ほどだったが試験は原稿用紙にそれまでの授業の感想を書くというもので本やノートの持ち込みは自由であった。わたしは下書きした原稿を持ち込みさっさと試験を済ませたのを覚えている。

もうひとつ印象に残っている授業は比較文化論の講義で講師は遠くの国立大学からの臨時雇いだった。その教員の書いた本は薄いが千円した。

この授業は一限目ということもあって当時夜半まで活動していたわたしは朝が起きられずあまり出席は出来なかったがエスキモー(イヌイットだったかな?)の宗教観を詳しく論じたその本は面白い内容で仕事の合間に何度も読んだ。

その教員の試験もまた資料持ち込み自由であり、3つの設問に長文で答えを書くという形式だった。なかなか授業で接触出来ないその教員宛にわたしは答案用紙の余白を用いて幾つか質問を書いた。すると驚いたことに後日教員からわたし宛に学生課の掲示板にメッセージが貼られていた。

貴殿には単位は与えない。単位が欲しければ来年度も当講義を履修すべし。メッセージはそんな内容であった。わたしは友人に連れられてその掲示板を見たのだがおいおいあの先生お前のこと怒ってんじゃね、とはしゃいでいる友人を他所にわたしは内心で湧き上がる好奇心を抑えきれず笑いが止まらなかった。

その年で大学を辞めたので結局その講義を聞くことはなかったけれど。

山口県は三方を海に囲まれていて東の端の熊毛郡には昔朝鮮人もやって来たらしい。海岸沿いでは難破した船の乗組員を殺して積み荷を略奪したこともあったがじっさい海賊も多く出たとある。

西には宇部空港がある。このあいだ雪国のプーさんが来た空港だ。そしてその少し北には下関。

西暦1900年。わたしの祖父と祖母たちはまだ10代だった。日本で新しい暮らしを始めようと祖父等は数人で海を渡って来たという。祖母はまだその日嫁いだばかりの新婚だったという。新妻だった祖母は単身故郷から遁走しての山口征きだった。

戦時中かの遁走の祖母は一度ならず朝鮮の生家へ帰ろうと下関へ来たという。

わたしは大学へはもう行かれないが大学と言っても本を読んで感想文を書くだけでいいんじゃないのと少し間違った認識を持っているから難しい論文集や優しいお年寄りの本を読むことがわたしの大学である。

海からよせくるものを知りたい。やんちゃなDNAをありがとうと祖母にはお礼を言いたい。

診察日(2016年12月)

見捨てられ不安。昨日診察日。見捨てられたと思ったかと主治医がわたしに尋ねた。いやそれはない。わたしは即答したが果たして本当にそれが無かったかと言われると怪しい。

精神病患者のわたしに見捨てられ不安がひとたび沸き起こるならそれはコントロール不能。不調のきっかけの感情はやはりそれではなかったのかと今になって思う。

精神病治療の目指すもの。治せば治すほどわたしは悪くなる。わたしに他意はない。本心からの素朴な疑問。わたし半年前から闘病記書いてるじゃん、だからさ、なんていうかやっぱここからが大事なんだよね。

支離滅裂で途切れることのないわたしの語り。いつまでも城の外堀を掘るだけのような、なかなか本題に行きつかない回りくどい長い話。

意味わかんないよね。唐突に失意。まあね。主治医が打ち返す。楽器。滅茶滅茶乱暴に扱っても壊れない。ヴァイオリン、パガニーニ、ヴィルトーゾ。わかるよ、わかるわかる、それで行け、変人で行け。

だからさ、そういうところ、あーあ、やっぱなーんにもわかってないんだね。見捨てられた見捨てられた見捨てられた〜。嗚呼〜はるばる来たのさ見捨てられにやってきたのさ〜。これ結構良くない?見捨てられ不安の歌。変人ですから!

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ノーサイド

https://www.instagram.com/p/BOMIkQXBvRM/

https://youtu.be/U2HlkYHgT88

(コトリンゴ/ノーサイド)

映画「マイマイ新子と千年の魔法」を観た。仲良しの友人が山口出身でときたま出る彼女のお国言葉が良いのだ。映画を観ながらそんなことをはじめのうち呑気に思ったがこれは結構シリアスな内容の辛い映画だった。

主題歌の子どもがなんとかというコトリンゴさんの歌は良いとは思えなかった。ただ子どもの世界はそんなに平和なものではないのだと、彼女もたぶんそんなことを歌っているんだよね、そうだよね、とかそんな確認をしたくなり。

金魚を甦らせようと子どもたちがデタラメの念仏を唱えるシーンには思わず涙が溢れた。一升瓶に生米を詰めて家出する新子は屈強だった。わたしたちの明日を返せと盛り場の大人の女に迫る新子。

この盛り場の女だって遠い昔は子どもだった。わたしは自分はDIDだからと適当な気持ちで容易い気持ちで弱々しい子どものつもりで映画を見続けていた。しかし新子の叫び声は安楽に過ごしている今のわたしに向けられているように思えてわたしは瞬間で大人に戻ってしまった。

大人というものはそういうものだ。金魚を甦らせる魔法など生身の人間には無いのだ。そんな力は誰も持たぬ。そして金魚など小さな命に過ぎぬとわたしは頻繁に明日を諦める。

映画の舞台は高度成長期の日本だけど新子たちの暮らす山口は大変な田舎だ。わたしも最近では道を歩いたり、町を車で通過するときにここは鎌倉道かなとかここは中山道かなとかふと思うときがある。

道というのはみんな誰かが作ったものだからその道幅や高低の有る無しで作られた時代を算定出来るときもある。古い家屋が連なる道のその道幅が凄く狭かったりすると、それがたとえアスファルトのピカピカの道路でも、ああここは昔は馬が荷物を運んだんだろうなとしゅんかん閃くことがある。ぜんぜん見当はずれかもしれないが。

反戦映画が嫌いで観ていると欺瞞を感じて鳥肌が立つ。反戦反戦って言いつつ戦争終わらないんじゃんとか思う。脳の中でずっと戦争が終わらないんじゃんって、いきなり戦場に連れてこられた弱々しい金魚みたいになるメンタル弱いわたし。

マイマイ新子」はそういうありがちな反戦映画とは違う肌触りがあった。ただし新子の持つ強さは子どもとか大人とかでくくることには意味はない。大人は子どもを苦しめてはいけない。思ったのはたぶんそれだけだな。

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おはるさんとやなせ杉

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東海自然歩道を歩く。これは檜(ひのき)、これは杉。木の幹だけを見る限り若木では檜と杉はぱっと見は見分けが付かない。植林地らしく杉は同じ品種の杉だが檜は時々は大木もあった。わたしは辛抱強く見続けていた。

いや山を所有しているわけじゃないんですよ、伐採する前に目をつけた木を買い付ける、それからその木を材木として売るんですね、切ってみたら価値はそれほどでもなくて損をする、山師っていうでしょ、山師って言葉はそこから来た。彼がはにかんだような笑顔になった。

一尺が取れる木なら立派な材木ですよ。一尺‥‥30㎝くらいかなあ、わたしはひとり彼の言葉を思い返しながら目の前の檜の幹に手を当てた。

お金になるかじゃなくてさ、〇〇さんが1番好きな木って何?さてはたして山師は本音を答えてくれるのか。わたしは彼の目をじっと見た。欅。間髪入れず彼が答えた。

欅(けやき)は家具や建具に使われると彼が続けた。親父の建てた古家を解体するってなった時兄貴が戸袋をさっさと外して持ってっちゃってさ、ありゃいい戸袋だったな、僕もあれが欲しかったな。

欅には黒いシミのような模様が出る、木目は不揃いで無骨だけれど味わいがある。知ったかぶりじゃないよ。これが欅って知らなかった頃に買った欅の火鉢をテーブルにして朝お茶をしている。

「おはるさんとやなせ杉」は宮尾登美子の短編小説だ。おはるさんは3回結婚したけれどあまり幸せではなかった。だけどおはるさんは泣かなかった。おはるさんが悲しげに涙を流したのは年老いて施設に入ることになって大好きな住処を離れる日、山を降りる日のことだった。

山を降りたくないと泣くおはるさんの話を久しぶりに読んだ。おはるさんが杉の木。長いあいだの風雪に耐えた。高貴で上質なやなせ杉そのものだと、そんなことを思った。

団子、パスタ、ニョッキ

https://www.instagram.com/p/BMTIBxyhy0E/

もう何ヶ月も肉団子関係の本を息抜きに読む日々。はじめは肉団子だったが調べるうちにいつの間にか肉なしの小麦粉団子、そして小麦粉団子に豆やビーツなど様々な素材を混ぜ込む団子、どんどん脳内に入って来た。四方から、一個一個、入って来た。

夫はニョッキが好きで少しの量ならば毎日でも食べてくれる。目に付く市販のニョッキを買い漁ったが真空パックのニョッキはビニールの味がするような気がして美味しくはない。

さてもうどこの国のなんと言う食べ物かはどうでもよくなってくる。それでは研究とは言えないがそもそも団子の研究をしているつもりはない。息抜きに読んでいたのだ。

チェコの杏ジャム入り茹で饅頭はとある北イタリア地方でもご当地団子だったりする。唸るなあ。

夫が好きなニョッキはジャガイモ入りの小麦粉団子を茹でて南瓜チーズソースで和えたやつだ。これはサイドディッシュとして作るにはとても手軽だがニョッキが重いので乾燥ショートパスタでもやる。

団子というのはなんだか名実ともに強い。団子という響き。団子をひと噛みした味わい。肉団子として名前の頭に肉が付くとさらに強力だ。みたらし団子対五平餅ならみたらし団子の勝ち。まん丸だからさ。ニョッキ対ハンバーグはハンバーグの勝ち。肉入りだからさ。

ドイツでは団子状の塊を粗くすりおろしたものをスープで煮て食べるらしい。すりおろしたと言っても粉々にはならない。わたしはフジリをスープにパラパラ入れて食べるのが好きだ。いつかドイツ行って美味しいやつ食べてみたいな。

ラビオリと呼ばれるおしゃれなパスタがある。詰め物入りのパスタ。ジャガイモ入りの生地を薄く作り癖の少ないフレッシュチーズを二つ折りにして挟み塩入りのお湯で茹でて食べる食べ物なんてあるんだな。日本語の表現の限界か、'ラビオリのニョッキ'などとある。

同じ発展系でポレンタを小さめに型抜きしたものは'ポレンタのニョッキ'。あいや美味しそう。食べたい。

たぶんどのニョッキも夫好みの味わいだからぼちぼち作ってゆこうっと。

ふたり分のクリームソースに無調整牛乳は扱いにくく最近は専らスキムミルクを使う。その前にはエバミルクを少量使っていたがエバミルクの缶詰があまり売っておらず売っていても滅法高い。

ジプシー調査で脳飽和。手打ちショートパスタをサルシッチャと青菜でオイルソースにしたやつ。魚介のスープにショートパスタがゆらゆらしてるやつ。そんな食べ物が脳内を浮き沈みする。

いやこれ書いてたらちょっとみたらし団子食べたくなってきました。

映画「超高速参勤交代」を観ました

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朝早くサルシッチャを1kg作った。塩は約2%。砂糖とすりおろしニンニクをほんの少し。昼には強力粉で水餃子の皮を作る。夜には1人分5個だけ生地を伸ばし小さなサルシッチャ肉団子をほいほいと包みキクラゲとネギのスープで煮てスープごと夫の夕ご飯にした。

わたしは冷蔵庫の残りの塩キヌアと玉ねぎピクルスにバターナッツピュレを和えたなんだかわからないものを食べた。なんとなくサルシッチャ肉団子を5個蒸篭で蒸してみる。減塩だからな。せっせと食べるのだ。

「超高速参勤交代」を観た。小ネタが散りばめられていてたいへん面白かった。わたしは何はともあれ六角さんが好きなので嬉しい。六角さんはわたしのひとつ年上。時代劇もいけるんだなあと感心した。

飛脚のくだりはたいへん合点がいったがもしも飛脚に扮したことが明るみになるなら大罪である。なんかもうドキドキはらはらだ。

飛脚の職は重職。命懸けで文書を運ぶ。飛脚たちひとりひとりは意識高い系の武士でなければならなかった。腕っぷしも責任感も強くなければならなかった。

だから数日間を命懸けで遮二無二走り込んだ男たちは眼光も肉体もさぞかし仕上がっていたことだろう。衣服はもう邪魔でしかない。

宿場町は文書を運搬する飛脚のための施設でもあった。橋を走り抜ける飛脚の光景。清々しさ満載で二重丸。いーなー。

この映画のメインは隠密である。隠密たちは裕福でも極貧でもない。劇中双方武家階級の生き死にが隠密たちに左右されていた。やや脚色が過ぎる部分が多いけれど、はみ出し者たちの活躍ほど小気味好いものはない。

雲隠段蔵はフリーの隠密。徳川の使者にも化けられる隠密。この辺は史実なのだろうか。

もうそろそろだよ、ここは段蔵だよ。よ、待ってましたと声が出た。おばちゃんだなあ、わたしって。

サルシッチャサルシッチャ。猿知茶などと漢字変換してみる。猿湿地?猿試聴?

それにしても小猿を連れた飛脚は無かろう。小猿をそんなに走らせたらぜったいダメ。猿は肩に乗せよ、肩に。