診察日(2016年3月)

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今日診察日。主人に車で送って貰った。

待合で待っていたら重たかった何かが段々晴れてゆく感じがする。逃げも隠れも出来ない。

どうかね、主治医が切り出しわたしは情報を提供して刑を免除してもらう約束の囚人のようにすらすらと素直に語りだした。はい、彼と会った時彼はこれくらい本をわたしに見せて感想を聞けと指示されたと言いました。わたしは語れば語るほど脳内が軽くなるのを感じる。

支配されそうになると支配してやれとムキになり突き進むんです。本能的に。わたしは淡々と言った。

今も繋がりはあるの?主治医が尋ねる。

今も昔もわたしは繋がりなど1度も持たなかった。わたしは何も悪いことはしていないのだ。わたしは誰とも繋がってなどいなかったんだ。必死で釈明する。そしてわたしは辺りを見回した。じゃあオマエはいったい今ここで何をしているんだという声がしたのだ。

主治医はまるで霊能者のようにわたしの考えていることを次々と言い当てた。わたしは驚いて何度も頷く。

今わたしは満たされていて幸せだから思い出したんだと思う。それはもう過ぎたことだけど‥‥。続きを主治医が語る。そうだ、その通りだ。何故判る。精神科医は心を読むのか。わたしは笑う。

わたしは当時怖れたり悲しんだり憂いたりをしなかった。DIDお得意の手遅れってやつか。考えていみれば当時も今もわたしには大して力は無い。導いたり促したり、ましてや救ったりなど出来る訳はない。納得した。

薬どうする?眠剤が効かない、どんな選択がある?思い切って眠剤を辞めて不調を野放しにしてリセットする、主治医が提案した。それは無理。何故なら‥‥。

主治医はまたしてもわたしの脳内を読む。ストレスは予期して立ち向かう。そう言ったのはわたしだった。記念日発作、無傷ではいられないことくらいわかってる。覚悟が強まる。

不思議なロールプレイング。これじゃまるで主治医がわたしでわたしが主治医だ。

病院を出ると風が冷たかった。

荷を降ろしたわたしは主人の車に乗り込んだ。

そもそも昔々のおはなしだった。人間の細胞は3日で入れ替わるのだ。忘れてしまおう。何かを損失した哀しみ、もっと出来たかもしれないという悔しさ。そういうものを忘れたあとに残る無様で無能な等身大の自分。

車は東へ。ひと眠りして目覚めると主人が言った。中山道美濃路へ分岐していまは美濃路を走ってるよ。今は東海道を目指してるよ。

わたしは道端に一里塚を探す。飛ぶように行き過ぎる景色に懸命に目を凝らした。